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カテゴリー「教育」の4141件の記事

10月17日 「貯蓄の日」から連想されるものは・・・?

 総務省の『なるほど統計学園』というサイトに,貯蓄の日の説明が掲載されています。

>昭和27年(1952年)に日本銀行が、お金を無駄遣いせずに大切にしようという思いを込めて定めた記念日です。これは、10月17日に伊勢神宮で行われる神嘗祭(かんなめさい)に由来します。神嘗祭とは、その年に収穫された穀物でつくったお酒などを収穫への感謝の気持ちを込めてまつるお祭りのことです。

 金融機関と神様を一緒にするとは,罰当たりな,という批判は当時なかったのでしょうか?

 まあ,お賽銭が集まる仕組みをもつ宗教施設ですから,敵対関係にあるわけではないのはわかりますが・・・。

 私は,「貯蓄の日」と聞くと,どうしても戦時中をイメージしてしまいます。

 今は,「貯めるより使え」という時代ですから,「消費の日」が必要なのでしょうが,どうも財布のひもがかたいようで,昔の定期市のように,「8のつく日」に売り出しをしたり,ポイントをたくさんつけたり,プレミアムフライデーをつくってサービスを増やすなど,「売り手」が考えたイベントしかないようです。

 実際には,必要を感じないもの,なくても困らないものが多く売られており,「買わない」という選択肢の方が賢い気もするのですが・・・。こういうタイプの人が多ければ,自然に「貯蓄高」は増えていくのでしょう。

 さて,学校現場では,「金融教育」に取り組むところが増えてきています。  

 「金融教育」というと,どうしても「買う」ことが前提として設定されているらしく,「100万円あったら,何を買う?」などという消費を喚起するような呼びかけが鬱陶しくてたまりません。

 「100円ショップに入ると,買わなくてもいいものまでついつい買ってしまう」という人も多いでしょう。

 もし私が「金融教育」に本腰を入れさせるとしたら,子ども全員に口座を持たせ,「お金の流れ」を理解させたいですね。教員に支払われる給料や学校の施設にかかる費用,給食費など,すべて一度,子どもの口座に入ってから,支出されるようにします。税金から口座に入った必要経費は,入った瞬間に支出されるので,引き落とすことはできません。 

 ドラマ『陸王』では,魅力的な銀行マンと超ムカツク銀行マンが登場しています。あまりにドラマっぽくて勉強にはなりにくいのですが,「金融の失敗と成功」を実感することができます。

 「金融教育」が,どのように「心の教育」「環境教育」「リスクマネジメント教育」にかかわってくるかは,指導者の腕次第でしょう。

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10月16日 世界食糧デーに日本の食品廃棄量を考える

 給食指導というのはけっこう難しいものである。

 「好き嫌いのない子どもにしてほしい」と要望する保護者がいる一方で,

 「嫌いなものは食べさせないでほしい」という保護者もいる。

 「食べ終わるまで許さない」などという指導はもう30年以上前に消えてなくなっている。

 私が担任したクラスでは,おかわりが足りないので,私の分も全部子どもに食べさせた。

 他の学年のクラスにまで,あまりをもらいに行かせたこともあったが,さすがに嫌がられた。

 こういう学校ばかりならいいのに,と思うのだが,

 「味が薄くて不味い」給食が大量に残され,山のような残飯が廃棄されるところもある。

 飢餓で苦しむ国の痩せた子どもの写真を掲示するなど,あまりに露骨な「心に訴える指導」も成立しないし,

 日本人が年間に捨てる食品は,7000万人が1年間食べていける量だとデータを示したところで,食べ残しがなくなるわけでもない。

 輸入している食料の半分を捨てている,そんな国がどこにあるだろう。

 戦時中の子どもが知ったら,怒り,そして呆れるに違いない。

 どうしてこんな国になってしまったのか。

 「食育」というのは,非常に奥が深いものである。

 「食べる」ことだけに関心を持たせようとするような浅はかな教師はいないだろう。

 「食べるもの」が目の前にあるのは,どうしてか。

 いったいどれくらいの人が,目の前の食べ物にかかわっているのか,小学校何年生くらいから想像できるようになるのだろう。

 世界で今週,何人の子どもが餓死しました。

 この学校で今週,捨てられた食料は,何人の子どもの命を救えたのでしょうか。

 そんなやりとりをしたところで,食料が余りに余っている国では,廃棄される量は減ることがないだろう。

 年間,1900万トン。食品廃棄量を示すこの数字を,どうとらえたらよいのだろう。

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10月15日 遠いご先祖様を思う日

 10月15日は「たすけあいの日」,「きのこの日」,「ぞうりの日」といった日本らしい文化を味わえるはずの1日だったが,雨で部活動の大会が中止になったので,家で静かに過ごすこととなった。

 私の4人の祖父母の故郷は,北陸と東海,瀬戸内である。

 人口が狭い平野や盆地に集中している日本は,「世界の中では面積の小さい国」という印象をもっている人がいるかもしれないが,中学校の地理学習では,世界の順位やヨーロッパ州の国々と面積を比較することによって,決して「小さい国」ではないことに気づく。

 また,日本列島は細長く,東西にも南北にも広がっており,藩が「国」や「家」として治めていた期間が長いので,各地で独特の文化が育まれていることも学ばせている。

 私が祖父や曾祖父の郷里に立ち寄ったのは,子どもの頃だけだった。

 なぜだが,それ以外の地域には,調査などで過去30年ほど,よく訪問したのだが,ご先祖様のところを直接訪れたことはなかった。

 無意識に避けているのだろうか?

 人間は,だれから,どのような影響を,どれだけ受けて生きているのだろうか。

 生まれてからの環境が大切なのはよくわかるが,多くの人にとって祖父母の生きていた環境がわかりにくくなっているのは,歴史上,人口の移動が大きかったここ数十年が初めてではなかろうか。

 今月は,四国に訪問できるのが楽しみである。

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中学校1年生でよく起こる思考停止状態

 対人関係で何かの被害にあった人が,加害者を責めるのは当然のことですが,

 被害にあったきっかけが,被害者自身にある場合には,加害者を責めるだけで終わらせてはいけないことはわかるでしょうか。

 学校では,Aという子どもがBという子どもの悪口を言い,BがAに殴りかかって怪我をさせる,ということが起こりえます。

 Aの怪我は,AがBに悪口を言わなければ防ぐことができたものでした。

 しかし,Aという子どもがBに悪口を言ったことを反省できないことがよくあります。

 なぜならば「私は被害者なのだから」という一種の思考停止状態です。

 A・Bという空間上の対立軸しか頭になくて,どういう経緯でそうなったのかという「時間軸」での思考が働かない状態です。

 起こったことを順を追って説明することができないのは,どんな教育が欠けているからでしょうか?

 中学校1年生(小学校7年生)によく起こる生活指導事案です。

 なぜか,中学校2年生になると,時系列で語ることは可能になります。

 発達段階によるものなのか,生まれて初めて,通史としての「歴史」を中学校で習うからか?

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10月14日 PTAと鉄道の日

 PTAの世界には,「鉄のレール」が敷かれているところがあります。

 鉄道の世界に対して,自動車の世界の人たちが疑義を唱えることや,その批判の内容はごもっともなことですが,「規格」が異なるものでは議論になりません。

 政治や行政の世界にも,多くの「鉄のレール」があるのでしょう。

 私は行政の世界から「脱線」して今に至りますが,自動車の世界の方が機動性を発揮しやすいのは当然のことでしょう。

 今は,船の世界へと視野を広めようとしています。

 飛行機やドローン,ロケット(ミサイル)の世界に対抗するためです。


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10月13日 獣医さん×麻酔科医

 1日1日が,何かの職業の方を讃える日になると,仕事のやりがいは増すだろうか?

 10月13日は「じゅういさん」の日ではなく,「麻酔の日」だそうだが,

 本当に麻酔を受けたことがある人にとっては,あまり思い出したくない経験に違いない。

 麻酔がきかないという経験をもつ私には,「痛み」は貴重な感覚である,という持論もある。

 獣医学部新設問題には,「麻酔薬」はない。

 信用が得られないという「痛み」に耐えるしかないだろう。

 報道されたものをすぐに「嘘の情報」と貶す権力者もいるが,

 事実らしきものから判断すると,やはり「麻酔」にかかっていた人が,相当数いたことがわかる。

 票が「麻酔」の効果を発揮しないように,政治家の方々には誠実に頑張っていただきたい。

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10月12日 指導の結果,ねらいとは異なる目標を達成できることも

 学習指導では,教師がねらっていた能力が身に付かず,別の能力が開発される,ということがあり得る。

 これは教育の失敗であり,成功でもある。

 地道に板書の書写をしていると,綺麗なノートができあがる。

 丁寧に書かれたコピーは,わかったような気にさせてくれる魔物である。

 教師と生徒との間で,言葉のキャッチボールが続く。

 しかし,思考力を要しない一問一答の連続で,理解を深めることは不可能である。

 どんな力がついたのだろう?

 道徳の授業では,ただ「読解力」が身に付いているだけのケースも多いだろう。

 何がゴール(目標)なのかがよく見えていないという問題は,

 教師も子どももお互い様である。

 コロンブス・デーは,「勘違い」を改めるために努力できる日にしたい。

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10月11日 危険でも安心できる国

 安全・安心なまちづくりのために重要なのは,根拠がないのに安全だと思い込んで安心することがないようにすることだろう。

 こっちは安全のために努力しているつもりでも,何がその人を危険に陥れるかわからない。

 地震や火災,津波などから身を守るためには,勝手に「ここは安全だ」と思い込まないことである。

 「不安な要素」をどこかに持っていないと,隙を突かれることになる。

 「不安でいっぱい」になりすぎても,身動きがとれなくなってしまう。

 危険をたくさん想定して,その中で一定の安心感を抱けるように,万全の備えをすることが大切である。

 普通は,高速道路の追い越し車線に停車中の車はいないはずである。

 普通は,スクランブル交差点で歩行者の信号が青なら,車は交差点に侵入してこないはずである。

 普通は,コンビニの正面にコンビニに向かって停車している車は,買い物が終わって帰るときは前進しないはずである。

 普通は~しないはずでも,普通じゃないときがある。実際に,普通じゃないことがあったための事故が起きている。

 普通は,四つの島を海に沈めることはできない。

 私たちが安心を手に入れるためには,何が必要なのだろう。

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10月10日 と◆との日

 10月10日はまだ私の頭の中では「体育の日」と呼びたい1日です。

 調べてみると,10月10日は語呂合わせでとても多くの「○○の日」とされています。

 冷凍,銭湯,トレーナー,トートバッグ,転倒防止,トマトなどなど。

 語呂ではないので覚えにくいのが「缶詰の日」ですが,

 ここのところ美味しい缶詰がたくさん発売されており,売れているようなので,記念に買ってみようと思ったところまでで11日になってしまいました。

 「とと」は父親のことを指すので,「父の日」でもよさそうな気もしますが・・・父が生きていない歳になってしまったので,こういうときは後悔の念しか浮かんできません。

 「目の愛護デー」はいつから始まったのかというと,1931年といいます。

 明治から大正,昭和にかけて,近視の人が多かったのは,識字率が高かった一方,照明は今ひとつだったことと関係があるのでしょうか?

 とうとう10月も半ばに。いつも,このあたりからあっという間に年の瀬に近づいていく,猛烈な時期になっています。

 高校や大学で野球をやっていたころは,日が暮れるのが早くなってきて,練習時間が短くなり,ちょっとほっとできる時期だったような気がします。

 今,スマホやタブレットを眺めている人は,常に「真昼」なんですよね。

 目って本当に丈夫だと思いますが,体のすべての器官はお互いに会話しているようなので,どこかが悲鳴をあげているかもしれません。研究者の方には急いでいろいろなことを解明してほしいものです。

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10月9日 塾の道具=教材のおかげで入学できた?

 10月9日も,語呂で決まっているナントカの日がたくさんあります。

 じゅく(塾)の日,どうぐ(道具)の日,とうきゅう(東急)の日,とらっく(トラック)の日など。

 とーく(トーク)の日ではないのかなと調べてみたら,毎月19日でした。

 塾は少子化の影響で,環境が悪化しているにもかかわらず,成績上位層を作り出す機能(小学校3年生から受験勉強スタート)が中学受験産業にはあるので,受験に参入する子どもが増えているのかもしれません。

 公立中高一貫校の先生に聞いても,「明らかに塾に通っている子どもが有利」ということらしく,専門のコースもあるようです。

 公立中高一貫校の入学者選抜は,「学力検査を実施してはならない」ことになっています。

 「学力」とは何をさすのか。それを考えれば,「適性検査問題」が「学力検査」ではないとは言えないはずです。

 しかし,平成23年に初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室が公表している「中高一貫教育制度に関する主な意見等の整理(案)」では,

>つまり,生徒に求める思考力、表現力、判断力といった総合的な適性を測る、いわゆる「適性検査」が広く行われている

 などと表現しており,一貫して「適性検査」であって「学力検査」ではないとの態度をとっています。

 「思考力,表現力,判断力といった総合的な適性」は,「学力」ではない,というのが文科省の立場です。

 教育産業が提供している教材は,入学者選抜を勝ち抜くために必要な情報が豊富であり,「知識」があるかないかで受験に有利か不利かがはっきりしてしまいます。

 そして・・・・。公立中高一貫校では,高倍率にもかかわらず,受験のノウハウ(だけ)を身に付けた子どもが多いせいかどうかは不明ですが,入学後に「低学力」で困っている生徒がいる,という現状が前述の文科省の資料でも指摘されています。

 教育産業の授業がそのまま学校の授業に採用されているような予備校型中高はともかく,公立中高一貫校では,地道な努力が積み上げられる生徒が求められています(普通の公立中学校や高校でも同じですが)。

 そういう生徒かどうかを作文や面接で見抜こうとするわけですが,実際にはそれでは見抜けないのが現状です。「道徳教育」の成果かもしれません。ホンネではなく,建前を堂々と扱う次期教科の威力はあなどれません。

 あまり公立中高一貫校の現状を暴露するのもどうかと思いますが,「借り物の力」だけで成功体験を子どもにもたせることは,本人のためにはならないものだとつくづくわかります。

 作文が上手な子どもは,反省文も上手です。

 どうしてこういう立派な反省文が書けるのに,やってはいけないことをやってしまうのか,出さなければならない課題を出さないのか,まあ,子どもらしいといえば子どもらしいのですが・・・。

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