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カテゴリー「社会科」の436件の記事

止まらないビールの需要減

 私には飲酒の習慣がない,というよりは,お酒が飲めない。

 人生の楽しみの一つを失っている,という宣告を下されたことが何回もある。

 体格を見てほとんどの人が「信じられない」と言う。「飲んだらどうなるの」と聞いてくるのがわずらわしい。

 外国人のようにわかりやすく納得させたい場合は,ウソなのだが肝臓を指さすとうなずいてくれてそれで終わりである。

 ビールの市場規模の縮小が始まったのは,1990年代後半,バブルがはじけてしばらく経った頃からである。

 ただ2000年頃までは,ビールより酒税の安い発泡酒(酒税法では,麦芽使用率が3分の2以上のものをビールという)の消費が増えており,ビール+発泡酒の消費量にはあまり変化がなかった。

 しかし2004年頃に,新ジャンル(麦芽を全く用いないもの)のビールが登場すると,ビール全体の需要はどんどん減り続けるようになった。

 メーカーは,ビール350ml当たり77円かかる酒税があるため,価格競争の意味でも発泡酒(約47円)や新ジャンル(28円)の投入によって生き残りを図ってきた。

 データを見ると,若者の飲酒習慣が大幅に低下していることが影響している。だから,業界としては,若者をいかにアルコールに近づけさせようとするかを考えているだろう。

 私が教員に採用された平成の初め頃は,とにかく「飲めないやつは人間じゃない」くらいに差別されたものだが,今では「飲まない人」の方が多くなっている。私もずい分と気が楽になった。

 飲める若者が減ったことを嘆いている50代が多いかもしれないが,健康診断をばっちり毎年やられると,気持ちもしぼんでしまう,ということにもなるだろう。

 テレビのコマーシャルでは,どれだけおいしそうに飲んでみせることができるかを競い続けている。タレントは撮影前にサウナなどに入ったりして,「のどが渇いている状態」をつくらされているのだろうか,などと余計なことを考えてしまう。このようなCMがなくなったら,さらに需要は落ちてしまうのだろうか。

 酒類全体からビールの割合は,1989年に71%だったのだが,2016年は何と31.1%にまで落ち込んだ。

 増加率が最も高いのはリキュール類で,1%くらいしかなかったのが24.5%にまで増加した。

 ワインの消費も増加傾向にある。

 「お酒と言えばビール」という世界ではなくなった。飲み会でも,「最初は全員ビールで乾杯」というと,拒否する人が出てくるから,いちいち一人一人注文を聞くことになる。

 「多様化」という流れは,どの業界でも起こっていることだろう。

 「1強」が去った後に,「成熟」がやって来る。

 政治の世界でも似たようなことが起こらないだろうか。

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皇族への言論弾圧

 日本文化の良さの一つに「曖昧さ」の美がある。

 「白黒つけない」という生き方は,自然の理に叶っているのだが,

 「自然」=「神のわざ」と考える宗教では,はじめから「白」や「黒」が決められているという「思考停止」状態が当たり前である。

 「白黒つけない」「曖昧」な態度というのは,「思考継続」状態を示す。

 では,「はっきりとモノを言う」という態度はダメなのか。

 もちろんそんなことはない。ただ,日本ではこれを嫌うというタイプの「思考停止」状態があり得る。

 結論を早く押しつけられることが苦手な日本人は,「お茶を濁す」技を鍛えているが,

 「誤魔化す」ことに専念する「思考停止」状態の人間もいる。

 「議論を封じる」ことが大好きな「思考停止」状態の人間も多い。

 道徳の教育をやりたいと言っている人間は,そもそも「議論」が好きな方ではないだろう。

 簡単に負けてしまうからである。

 だから議論に負けないためには,そもそも議論にもっていけないようにすることが重要と考える。

 言論を弾圧されるのは,一般市民だけではない。

 国民のためを思っての一言すら,弾圧される世の中になったらしい。

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ありえない課題設定・・・EUが1つの国?

 四国のある県で行われた中学校社会科の全国大会の授業内容を報告してくれる研究会に参加した。

 自分の目を疑う「発問(追究課題)」がプリントにあった。

 「イギリスのEU離脱後も,EUは1つの国としての統合を目指すべきか。EU大統領の立場で考えよう!」

 1つの国としての統合?

 第三帝国をつくらせたいの?

 「中学校1年生には,どうせ『国家』の概念など存在しないのだから,誤魔化せるだろう」と思っているのだろうか。

 少し古いが外務省のHPの『わかる!国際情勢』に,2009年に発効したEUのリスボン条約の要点がまとめられている。そこでは,民族や言語が多様なEU諸国の統合が,いかに難しいものであるかがにじみ出ている。

 社会的認識力をおろそかにした・・・というより事実誤認に基づく授業は,社会的判断力を誤らせる結果になる,そういう主張を失敗を通してしたいのだと解釈するのが妥当だろう。

 ついでにもう一つ。

 「四国新幹線の開通によって,中国・四国地方の産業は発展するだろうか」

 すでに新幹線が通っている中国地方がなぜ考察の対象に入ってしまっているのか?

 EUの方の学習課題もそうだが,未来予測ができるほどの社会認識力を育ててあるのか?

 疑問しか出てこない。

 EUにしろ,日本の諸地域の学習にしろ,中1にしては視点が高すぎる。

 視点を高く設定できるのは,幅広い視野を持てるようになった後の話である。

 幅広い視野とは,少なくとも足もとが見えている状態を言う。

 実際の授業では,足もとが見えている生徒の発言はあったらしい。

 教師が地に足がついていない。

 両者とも,地理的分野の学習ではなく,公民的分野の学習になってしまっている。

 あと2年間,子どもたちにはじっくりと社会科を学んでもらった上で,判断してもらいたい課題だろう。

 さらに付け加えると,歴史的分野の授業は,小学校の人物学習になってしまっていたらしい。

 中学校で人物を扱う場合は,少なくとも2人の働きを対比させながら学習するのが効果的である。

 学習指導要領実施状況調査の結果が黙殺されている結果,起こっている事態だと考えればよい。

 「多面的・多角的に考える」ことがなぜ重要かがわかっていない。

 維新期を扱うなら,なおさらであるし,田沼政治を扱うなら,松平定信という恰好の比較対象がある。

 事前にアドバイスできる人がいなかったのだろうか。

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1000人当たりの暴力行為発生件数ワースト5は

 文科省が,「平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」を公開している。

 小中高における暴力行為とは,「対教師暴力」「生徒間暴力」「対人暴力」「器物損壊」の4つを指している。

 1000人当たりの発生件数のワースト5は

1位 島根県   15.6件
2位 神奈川県 10.7件
3位 沖縄県   10.0件
4位 新潟県   9.0件
5位 京都府   8.0件

 だった。ちなみに東京都は2.1件。

 人口の少ない地域では,どうしても1人当たりの件数が多く見える問題があるが,神奈川県の場合は言い訳ができない。

 最も発生件数が少ないのは愛媛県で0.5件だった。

 指定都市別に見ると,ワーストの順位は

1位 横浜市  18.4件
2位 新潟市  18.0件
3位 相模原市 13.3件

 の3市が突出して多い。

 高い割合を示しているのは「生徒間暴力」で,横浜市では暴力行為総数4935件のうち,生徒間暴力は3375件で7割弱を占めている。

 校種別では,中学校が最も多い。

 横浜市の公立中学校では,子どもはどのようなストレスを暴力で解消しようとしているのだろうか。

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創造性を奪うポートフォリオ評価

 評価をどうするかに教育界の注目が集まっていくようだが,そもそも指導が成立していなければ,まともな評価などできない。

 私が参観した2校(いずれも大学附属)の授業で,全く同じパターンのドツボにはまっていたのが印象的である。

 ワークシートで書く方向性が限定されてしまっているがために,「学びの本質」に迫る余地が残されていなかった。

 型にはまった評価の仕方は,子どもから創造性というか,「考える力」を奪うことをいずれ証明したい。

 子どもは教師がどう答えると喜ぶかを知っている。

 私が参観した授業では,内容とは全く関係のない「次の学習に生かしたいこと」を述べて褒められていた。

 生徒が発表した「次の学習に生かしたいこと」はあらゆる教科で「使い回し」ができる「決まり文句」であり,授業に参加していない生徒でも述べることができるものだった。

 評価の研究をする前に,指導の勉強をしてほしい。

 子どもたちは,「枠」を「文字」で埋めることに慣れている印象だった。

 しかし,だれが埋めても同じような内容になるプリントは,わざわざ教師が集めて見る必要もない。

 子どもたちは,決まり切ったルーチンワークを効率良くこなしているだけだった。

 地方の中学校では,これが当たり前なのだろうか。

 これ,1970年代とか80年代でも「時代遅れ」と言われたであろう学習と評価なのに。

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また官僚が嘘をついたのか

 私も行政に3年間身を置いていたので,事務方がどういう動き方をするのかはよくわかっている。

 議員からの要請があると,そのとき取り組んでいた仕事をすべて放置してでも,すぐに要請に応えようとするのが事務方なのである。

 前川氏がどこでどんなことを話しているかを,事務方が自主的に調べようとすることなど,まずあり得ない。

 そもそも前川氏がこの期に及んで自らが違法行為を働くこともない(事務方トップだった人をそこまで疑う神経もおかしいだろう)。

 授業の内容を文科省が知ろうとする理由は,少なくともそれを伝えなければならない相手がいるからである。

 命令があるから動けるのが事務方なのである。

 毎日新聞の報道によれば,前川氏の授業内容については,文科省に対して,国会議員からの問い合わせがあったということである。時系列に沿って,その後,文科省から名古屋市教委に照会がなされている。

 しかも,照会のメールに使われた文章は,だれかに質問されたそのままの内容をコピペして使ったと思われる「事務方らしくないもの」であった。これも,行政にいたことがある人なら,だれでもわかることである。

 議員の指示に従って,名古屋に問い合わせた,というのが真実なのだろう。

 事務方への議員からの照会メールが公開されれば,事務方は「本当はだれが悪い」と開き直ることができる。

 政治の透明化とは,議員が役所に何をどのように利用しているかが国民にわかる仕組みを作ることであり,メールのやりとりも含めてすべてオープンにすることを希望する。

 文科省は「あくまでも私たちの判断で行った」「照会があった議員の名は言えない」としているようだが,省内からは「執拗な要請で対応に苦慮していた」という声が漏れてしまっているわけで,政権政党から事務方が引っかき回されている構図が見え見えになってしまったのである。

 「官僚の嘘のつき方」というマニュアルが,霞が関の人たちだけのものではなく,国民全体に知れ渡ってしまった。

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12月3日 今年のみかんの出来

 昨年,今年と,みかんの出来が今ひとつである。

 夏の天候不順が響いているのではないか。

 私は毎年みかんを30kgくらい買っているが,3分の2は人に差し上げている。

 今年は差し上げにくさを特に感じているところである。

 2年連続で夏らしい夏ではなかったせいか,体の方もどこか不調になっている人が多いのではないかと想像してしまう。

 実は教育の世界でも,「不調感」を抱いている教師は少なくないのではないだろうか。

 「いじめ」や「体罰」,「暴力」などを隠さないようになってから,学校のダメっぷりはもう当たり前すぎて逆に報道されないようになってきているが,それが何の劣化に基づいているものなのか,そろそろ子どもでも気づき始めているような気がする。

 これはもちろんたった2年の天候不順のせいではない。

 教師を教える立場の人が,大幅に入れ替わり始めていることが原因ではないだろうか。

 日照不足である。

 教育界では温暖化とは真逆で氷河期に入ろうとしているのかもしれない。

 だからこそ,今までにはあり得なかった教育が入り込むすきがある。

 学習指導要領に示された目標を無視した教育の蔓延は,理想に近づく一方で,逆の効果=法令遵守徹底指導を招く危険性がある。

 「台風の目」として大躍進を見せていた政党が,「温帯低気圧」と揶揄される事態に陥っているが,猫の目のように変わる政治の姿にも,日本の危機が写し出されている。

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マリオが総理大臣ならピカチュウを防衛大臣,ハローキティを外務大臣に

 河野外相の英語版ツイッターが日本語版のそれよりも注目されていることが話題になっている。

 日本では「政治の幼稚化」の象徴のように見えてしまうかもしれないが,

 政治よりも文化が社会をつくってきた国の人々にとっては,何の抵抗も感じられない出来事なのかもしれない。

 日下公人さんは,何年も前から「ピカチュウが世界を変える」ことを予言されていた。

 「こんな素晴しい国に生まれて良かった」と締めくくられているアメリカ人の子どもの作文を紹介して,そこに登場する電気製品やアニメなどがすべてメイドインジャパンであることを教えてくれている。

 幼児たちがもつ純粋さと残酷さを,そのまま大人に表現されてしまうのも考えものだが,日本が世界を動かすとしたら,それは文化の力によるものに違いないだろう。

 アニメの世界への熱狂的なファンがすでに大きく成長し,何か普遍的な価値を認めてくれてしまったようなタイミングである。チャンスを逃さない機動力を政治に行かせる人が登場したのだろうか。

 オリンピックの会場に総理大臣がマリオの姿で登場した国である。

 閣議も着ぐるみで実施してみたらどうか。

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12月1日 冬の省エネ総点検の日

 1980年に資源エネルギー庁が中心となって,「省エネ」への取り組みを国民全体に広げる活動が始まった。

 背景は言うまでもなく,1970年代にあった2度のオイルショックにある。

 毎月1日は「省エネの日」,

 毎年2月が「省エネ月間」となっている。

 夏の31度をエアコンで25度くらいに冷やすのと,

 冬の0度を18度くらいに温めるのと,どちらがエネルギーを多く消費するかは言うまでもない。

 計画停電が実施されたとき,「寒さをしのぐには服を重ね着すればよい」とまさに「鏡」としての言葉を残された方がいらっしゃった。

 夏に節約を意識しすぎて熱射病になるのもダメだし,

 冬でもやせ我慢はいけないと思うが,体を温めるための工夫はいくらでもある。

 資源エネルギー庁のHPに,「一般向け省エネ関連情報」というコーナーがあり,

 省エネのコツ,具体的な行動とその効果が

 エアコン,照明,キッチン,自動車など,使用機器ごとに示されている。

 こういう電気・電子機器に将来,省エネAIが組み込まれると,人間がいかに無駄な欲をたくさん抱えているかが実感できる生活を送れるようになるかもしれない。

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11月20日 少子化が進む日本だが,日本には1600万人もの子どもがいる!

 地理の学習をしていると,「多い」とか「少ない」,「大きい」「小さい」などと統計データをもとに表現することがありますが,それが何を指しているのか,はっきりと示されていない場合が実際にはとても多いことに気づきます。

 たとえば日本は「大きい国か,小さい国か」と問われたら,どのように答えることが可能でしょう。

 ロシアやアメリカ合衆国よりは面積がかなり小さい国ですが,ヨーロッパ諸国と比べると,大きい国に入ります。

 日本は少子化が進んでいますが,子どもの数は本当に少ないのかというと・・・・

 統計局のHPで紹介されている記事(データの出典は平成27年国勢調査)によれば,

 アメリカ合衆国,フランス,イギリス,カナダ,イタリア,ドイツと日本を比べると,

 15歳未満の子どもの割合(%)は,順に,

 19.0,18.5,17.8,16.0,13.7,12.9,12.5ですから,

 これらの7か国中,日本は最低です。

 しかし,15歳未満の子どもの人数(単位:千人)を順に並べると,

 60,977  11,901  11,502  5,741  8,198  10,397  15,887

 となり,日本はアメリカに次いで2番目に多い国になります。

 人口がそこそこ多い日本という国は,

 将来的には急速な人口減少が見込まれているわけですが,

 まだまだ実際には,とても多くの子どもがいる国と言ってよいのです。

 約1600万人いる15歳未満の子どもたちが,ただ「少子化」という言葉だけで

 「日本は子どもの割合が少ない国だ」ではなく,

 「日本は子どもが少ない国だ」と解釈されてしまっているのではないでしょうか。

 このことが,教育への投資を鈍らせている原因ではないかと思ってしまいます。

 世界の半分以上の国が,人口1000万人以下です。

 カンボジアやキューバ,ベルギー,ギリシャ,ポルトガルなどは,

 1000万人以上の人口がいますが,

 総人口が日本の子どもの人口よりも少ないのです。

 子どもたちの将来を考えてあげるためにも,ぜひとも知っておいてほしい数字です。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より