カテゴリー「野球」の19件の記事

教師と4番打者の自覚

 私は,日本の教育はもっと早く変わるチャンスがあったのに,それが実現できなかった一番大きな原因は,教師たちにあったと考えています。

 それは,教師の力が優秀ではなかったからとか,教師の資質・能力に問題があったからとか,そういう理由ではありません。
 
 問題は,「心がまえ」にあった(ある)のです。
 
 野球にたとえると,私の理想の教師像は,常勝チームの4番バッターのようなものです。

 結果が出れば持ち上げられるが,結果が出せなければ「4番のせいだ」といって叩かれる。

 本物の4番打者は,「勝ち負けは,チーム全体の問題なのだから,俺に言うのは筋違いだ」という当たり前の言い訳など決してしません。

 そして,変に自分を責めるのではなく,「期待に応え続けよう」と努力する。

 批判は,だまって受け入れる。ただひたすら,改善の道を模索する。何をやっているか,やろうとしているのかを説明する。協力を依頼する・・・。そういう当たり前のことができない人がなぜ教育関係者に多いのでしょうか。

 残念ながら,今の教育では,一部の子どもにとって,クリンナップは「塾の先生」になっているのかもしれません。
 学力は高めてくれる,勉強を好きにさせてくれる,学校の友達関係の悩み事の相談には乗ってくれる,楽しい海外旅行の経験の話をしてくれる,・・・
 子どもが求めているのは「点数」だけではありません。

 自虐的な教師たちは,下位打線でもスタメンはスタメンだ,とか,「つなぎができる打者であれば・・・」などと「プレッシャーのかからない位置」を求めていく。

 公立学校の教育現場では,ときどき学級が崩壊して「代打」「代走」が出されることがあるのはよく知られているでしょう。

 ベンチの隅にずっと座っていても,同じ給与が維持できて,2軍に落ちて調整していても,年度が変われば昇給していく,・・・そんなことが許されてよいのか?という「」に,学校現場は「野次だ」といって耳をふさいだり,聞かないふりをしていたりしてきましたが,そのことが,「教育が変わらない」原因の一つになってきたのです。

 「学校は危機的状況にはない」
 「企業のマネジメント理論は学校の役に立たない」
 「企業のマネジメント理論は危機的な状況にある企業をみれば怪しいものであるといえる」

 確かに,今までの学校の教師の中には,何の危機も感じないで生きてこられた人がたくさんいたのでしょう。

 それが,免許更新制度が始まったり,たいした差もつかない成果主義が導入されたくらいで大騒ぎし,「自分の身分保障の危機」ばかりにあわてている現状を見れば,「何が危機だったのか」ははっきり見えてきたはずです。

 教師が地域を取り込み,「改革」に成功している学校というのは,「自分の身分の危機」を心配する前に,「もっと何とかしてあげたい子ども」のことを考え,「よりよい教育」を求めて努力を続けているわけです。

 だから子どもや地域が動くわけです。

 「今のが限界だから,あきらめてもらおう」などとは言わないのです。

 4番バッターが,「私の打撃には限界があります」と言って,3割,30本以上は打てませんと公言しますか。

 仮にそういうとして,「それはそうだな」とうなずいてもらえる数字というのは,どの程度の数字でしょうか?

 「公教育に限界がある」のは当たり前です。

 ただ,「最低保障をすればいい」などといったときの「最低レベル」というのはどんなレベルなのでしょう?

 もし最低保障が「学習指導要領のレベル」だとすると,それは達成されていません。

 もし,「」の教育の機会が潤沢だから,それを活用するのが合理的だという論理があるとしたら,「公教育が公的資金をさいて『私』を活用しないのはなぜか」ということが問題になるでしょう。

 もし「最低保障」を果たすために,「」を活用した方が「公教育」によるものより半分とか3分の1のコストでできるとしたら,政策上どうするのが最適なのか,という話になっていってしまいます。

 「」の活用を「公教育」の側が拒絶しているとしたら,それは自分たちにとって恵まれた既得権益を守りたいだけに他なりません。

 「自分に何がどれだけできるのか」を真剣に考えようとしない教師をどう変えていくのか。

 こういうことを正面きって行っていく主体に行政がなれなかったことも,日本の教育が変わらない原因の一つでしょう。

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簡単にできる「血のにじむ」努力

[教師] ブログ村キーワード

 「血のにじむ」努力は簡単にできますが,「血のにじむような」努力はだれでもできるものではありません。

 野球では,バットをたくさん振り込むと,手のひらにマメができ,それが破れて血が出ます。

 「よくない握り方,振り方をしているからそうなるのだ」と言われます(イチローの手のひらはきれいであることはよく知られています)が,「よい振り方」「よい握り方」を探るためには,コーチからのアドバイスだけではだめで,たくさん振らなければなりません。

 振り込みといっても,1000回も振らないうちに,マメができ,血が出ることがあります。

 文字通りのままでいうと,これは「血のにじむ」努力をしているように思えてしまいますが,このような行動は「血のにじむような」努力とは言わないわけです。

 「一生懸命な姿がいちばん美しい」とは野村監督の言葉ですが,そういう言葉をかけることができるのは,努力を見ている側で,努力をしている側が口に出すことではありません

 教育界は,「仕事がたいへんだ」「苦労ばかりだ」とPRするのが得意です。

 特に変化に対応できない人たちは,「変化は必要ない」と訴えたがり,「不易と流行」を全く考えずに「今までどおり」のことを繰り返そうとします。

 「今までどおり」のどこが問題であるかはまた改めて記事にしていこうと思いますが,教師たちには「血のにじむ」努力ではなくて,「血のにじむような努力」が求められていることを忘れずに,特に自らに発破をかけるようなつもりでいこうと思います。 

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1番・坂本というチーム状況

 5月に入っても打順がほとんど定まらない巨人でしたが,とうとう4割バッター坂本の1番起用という日がやってきました。

 そして飛び出したサヨナラHR。

 サヨナラHRが飛び出した直後の原監督と伊原ヘッドコーチの握手の場面には,伊原ヘッドの提案で1番・坂本が実現したのではないかと思わせる雰囲気がありました。

 弱いチーム,負けが込んでいるチームでは,調子のよいバッターを上位にまわす,という作戦がとられることがあります。

 坂本1番という打順は,6日の横浜戦の結果からはオーライでも,「他に1番を任せられる選手がいない」というチームの危機を物語っているものとして私はとらえています。

 それにしても,坂本という選手は,想像以上に頭を使って野球をしている選手だということが,ヒーローインタビューからもうかがうことができました。

 また,自分の野球のスタイルをもっているだけでなく,1番打者として求められる資質への対応も見事に4打席目で果たすことができました。

 敵チームから,「意外性」ではなく「実力」を警戒される選手に成長していく4月・5月を目の当たりにしています。

 篠塚コーチも喜んでいることでしょう。

 巨人の連覇のキーマンになったことは,間違いありません。

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野村監督のような校長は存在する?

[野村監督] ブログ村キーワード

 野村監督率いるチームを「野村再生工場」と最初に呼んだのはだれなのか,本を読んでいないので知らないのですが,選手は「工業製品」ではないのでちょっと抵抗があります。

 しかし,成功を手にした選手にとって,その「工場」で働くことには,かなりの意義があるでしょう。

 何が「再生」のきっかけになったのでしょうか。
 
 ミーティングや現場で選手を野村監督が直接指導する場面もあるかとは思いますが,基本的にはコーチとかトレーナーとか,選手を取り巻く環境が実力UPや実力の復活を可能にしているのだと考えられます。

 話を学校に移しますが,教育現場というところは,「引退」したくてもできない教師,「引退」させたくてもできない教師,昔は力を発揮していたはずなのに,いつまでたっても覇気がなく,成長できない教師など,もし「再生工場」があるのなら,そこへの派遣を希望する人もいるだろうという世界です。

 ただ,そこの工場長=校長コーチやトレーナー役の副校長や同僚などで,本当に「再生」が実現できる人は,どのくらいいるのでしょうか。

 そもそも,教師の「再生」は可能なのでしょうか。

 「教師は子どもに育てられるもの」と言った人がいました。
 
 野球選手にたとえれば,「プロ選手はファンに育てられるもの」に近いのでしょうか?

 今,教師としての成長が実感できていない教師は,まさか子どものせいにすることはないと思いますが,プロの選手が「ファンに喜んでもらうため」と考えるのと同じように,「子どもに喜んでもらるため」に日常的な努力を行っているでしょうか。

 職業人としての「厳しさ」については,プロ野球選手と学校の教師とでは,いろいろな意味で全く比較にならないという批判もあるでしょうが,職業に対する「自覚」という面では教師も野球選手に負けたくないものです。

 野村監督の,他の監督にはない「監督らしさ」とは,このような職業人としての厳しさを最も強く選手に要求する面にあると考えています。
 公立学校の校長で,帰宅後,公に向かってぼやいている人はいないかもしれませんが,どこか真似ができるところはないでしょうか。

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相性の良し悪しから長所・欠点が分析できるか?

 プロ野球の世界では,チームとチーム,打者と投手の相性の良し悪しというのがよく話題になります。同じチーム内でも,だれだれが投げる時は点が入りにくい,なんていやなジンクスまであります。

 「お得意様」とか,昔は貯金(勝数-敗数)が稼げるので「○○銀行」と呼ばれるチームもありました。

 対戦成績というデータに基づいて,首脳陣が判断している印象というものもあるでしょうし,たとえば投手自身,打者自身が認識している場合というのもあるでしょう。

 短い期間でも,巨人の内海は,阪神の金本からよく打たれているという印象があります。

 配球が読まれやすいキャッチャーのリードという影響があるかもしれませんが,何でもない場面でたくさん打ちとっているのに,大事な場面で打たれると,「打たれている」という印象が強まるのが「観戦者」から見た印象です。

 あまりそういう研究やデータを聞いたことがないのですが,ときどき,「特異」なケースというのがあります。

 左投手を苦手にしているはず打者が,ある左投手からだけはヒットをたくさん打っているとか・・・。

 こういうケースを分析していくと,ピッチャーの欠点とか,バッターの特徴がデータとして取り出せないでしょうか。

 それはバッターを研究するピッチャーの側で言うと,逆にそのバッターを打ちとるヒントが得られる可能性があるのではないかとも考えられます。

 どの選手か監督だったか,「負けること」「打たれること」を多く経験したおかげで,それが今の成功をもたらすきっかけとなる「有力な情報」を発見する鍵になったと・・・。

 野村監督が最初に言ったわけではないと思いますが,「負けるときは必然」「勝つときは偶然」という言葉には,印象の世界での確率的にはなるほどとうなずける面はあっても,「計算して勝っていく」ことを実践しているチームにとっては,やはりデータの分析力というのが問われてくることでしょう。

 人によっては,「考えてやっている野球」よりも,「本気でがむしゃらにやっている野球」の方がおもしろい,という見方をされることもあるのでしょうが,当事者たちは練習はがむしゃらにやっていても,本番となると考えざるを得ない,そんなものなのでしょう。

 教育の世界でも,知識だけ豊富に身に付けていても,「基礎体力」がなければ現場では使い物にならないわけです。本物の体力はもちろん,「知的筋力強化」も重要な練習メニューに入ります。

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巨人・坂本の「右狙い」は好調維持への秘訣か・不調の始まりの予兆か?

 今日の巨人VS阪神戦で最も気になった1シーンが,4割打者・坂本ライトフライでした。

 坂本は基本的に引っ張りのバッター。

 内角低めを苦にしない坂本に,阪神バッテリーは「得意ゾーンの周辺部は苦手」という裏をかく方法で攻めるも,連日打たれている,そんな印象がありました。

 私は今まで,絶好調のバッターが「急に打てなくなる」きっかけになるシーンを幾度か見てきました。

 多くは顔(頭)近くのボールを投げられたり,当てられたりしたとき。

 坂本は,広島戦でその原因によって打撃不振に陥るかと思いきや,阪神線では好調を維持してきました。

 「急に打てなくなる」きっかけで別のパターンは,「ヒットを狙って振りが小さくなる,変に右方向を狙ったりする」=「自分のスイングでないスイングを始めたとき」というものです。

 今日のライトフライが,そんなきっかけにならないことを祈っています。

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巨人・阪神戦 褒めたらやられる典型的な一場面

 たまたま今,テレビをつけたら中畑と江川がピッチャー山口をべた褒めした直後に,金本の三打席連続ホームランが飛び出しました。7試合目で第7号HR・・・。

 まだ8回表,新井の場面で6対5と巨人がリードしている場面ですが,レフトスタンドは大盛り上がりです。

 金本がコメントを控えているというところが不気味なところです。

 巨人・阪神線は昨年末,巨人の連勝が続いていたように思いますが,この初戦の勝敗の行方には興味があります。

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巨人VS広島 第2戦から

 今年も開幕戦をTVで観ることができなかったものの,巨人VS広島の第2戦の5回裏と6回はライブで観ることができました。
 

(1番打者のポストというのは)与えたものではない,実力(結果)で守り抜いてもらいたい

という原監督の亀井選手に対するコメントが紹介されていました。

 競い合う環境というのは,実力はあってもそのポストでの活躍ができない選手もいるわけで,贅沢というか,恵まれた環境であることは間違いありません。
 
 打席では2アウトランナー2塁で甘い初球をショートに強い当たりを飛ばし,ショートがはじいてランナー脇谷が本塁をねらったのですが,カバーしたセカンドからの好送球をキャッチャーが完全なブロックをして得点はできませんでしたが,プロ野球らしいすばらしいプレーを見ることができました。

 紙一重のプレーというのはWBCでは毎日のように堪能できましたが,ペナントレースでもこうした場面がたくさんあると,また仕事に支障がでるかもしれません。

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WBC・「何のために」戦う野球が「本物」なのか?

 WBCの決戦を終えて,アメリカや韓国のメディア,ネット上でどのような評価がなされているかの紹介が「ココログニュース」などで行われています。

 短期決戦では,単に成績が良い,調子が良い選手を集めたというだけでは,いい結果を生むことができるとは限りません。可能性は高くなるのでしょうが,まさにその試合で力を出さないと勝てないわけです。

 日本対韓国戦も,一つ一つのプレーが見る側をも極度に緊張させる名勝負で,最終的な勝敗の行方も紙一重の世界だったと思います。

 アメリカの報道にあった「本物の野球」という表現が,最高の褒め言葉だと思いますが,「自分や家族のために戦う野球」ではなく,「チームのために戦う野球」という「野球道」が,アメリカに根付くかどうかは疑問ですね。

 日本代表の勝利報告会の様子が中継されていました。

 選手たちに「話術」や「教育力」までを求めるのは酷かもしれませんが,やはり教科書にも登場している王さんのコメントはすばらしいものでした。
 
 野球選手が野球だけで魅せることができるのは,長い人生の中ではわずかな期間です。

 「野球道」の素晴らしさはプレーで魅せるのが本道だとしても,古田のような解説,野村監督のようなマスコミウケするぼやきなど,「話術」で楽しませてくれる現役選手が登場してくれると,もっとメジャーなスポーツになっていくような気がします。

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WBC・世界連覇で見えたもの

 最終回の粘りにも見えたように,韓国の実力も相当なものでしたが,侍JAPANの勢いが優ったというような結果でした。

 北京オリンピックのイ・スンヨプと今大会のイチローが若干重なるようなところもありましたが,いまひとつ振れていなかったクリンナップのカバーを他の選手でできた「全員野球スタイル」での勝利は,格別の味だったでしょう。

 「フォロー」「カバー」というキーワードで表現できるようなことが,あらゆる集団,職場で実現していくことが理想的に見えてきました。

 川崎が倒れた後のイチローの集中力には,多くの人が釘付けになったのではないでしょうか。

 前の打席でジャストミートされているイチローとの勝負をバッテリーが選んだ背景には,やっと調子が上がってきたという段階のイチローと,好調を持続していた中島のバッティングにありました。

 ところで,ペナントレースが始まる前にここまで仕上げてしまうような体の使い方を,おそらく選手たちはあまり経験してこなかったでしょう。それだけに,このような大会が「選手の寿命に影響しないのだろうか」と,若干の危惧を抱きつつ,また平穏な日々に戻りたいと思います。

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