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カテゴリー「野球」の69件の記事

日曜日の河川敷

 日曜日の猛暑の昼の時間,河川敷の近くにある大きな図書館に予約図書を取りに行った。

 受け取り場所の指定を間違えてしまったため,直接取りに行く必要があった。

 河川敷では,強い日差しが照りつけるもとで,大人から子ども(小学生)まで,すべての面が使用されていた。

 女子野球も徐々に広がっているのか,野球チームで活躍する女子の人数が増えている気がした。

 学校なら,「活動停止」を決定するレベルの暑さだった(河川敷には,日陰もないのが特徴的)。

 それでも水分補給をしたり,大きめのパラソルを広げたりして,みんな頑張っていた。

 学校が管理する部活動以外にも,地域によっては多くの大人たちがサポートしているスポーツ団体がいくつかある。大会やリーグ戦も実施できる規模である。

 生涯スポーツが実施されている現場を見て,自分も草野球をしていた10年前までを思い出す。

 私が日曜日に部活動の練習試合を入れなかったのは,自分が草野球をするためである。

 50歳のときにスポーツで大きな怪我をして(その前の何年間かもほとんど運動はできていなかった),「もう終わり」と考えていたし,河川敷まで自転車をこぐ体力にも陰りが見えている状態で悲しくもあったが,まだ野球も指導の方はできる歳であることは確かである。

 学校の教員になりたい人がすごく少なくなってしまっている現実もあるが,どういう人に先生になってもらいたいか,子どもたちの姿を見ていると非常によくわかる。

 健康や体力増進の議論をしている人の中には,おそらくスポーツの世界に身を置いた経験がないままで「危険性」の話しかしない人が多いと思われる。

 「危険性」がないものは,スポーツに限らず,この世界にはないことがわかりつつも,自分が責任を負っている場で事故を起こしたくない人ばかりになれば,いずれスポーツができる場はどこにもなくなってしまう。学校の部活動は,現場の教師の力で残していくしかない。

 まずは,教員が学校で体を動かし健康増進が図れる機会を増やすことが大切か。

 これが対抗試合とか教員の大会までエスカレートすると,一部の「本物」たちだけの楽しみになってしまう。

 子どもに見せたい理想的な大人の姿を考えてみたい。

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センカクの14億円とカナノウの2億円

 金足農業高校旋風が吹き荒れた甲子園だった。

 横浜高校戦と近江高校戦での大逆転劇が,多額の寄付金が集まるきっかけだったのだろう。
 
 他の高校は,どのくらいの寄付で今回の甲子園出場が可能になっているのだろうか。

 また,もし地味な勝ち方が続いて,決勝まで宿泊するお金がなくなってしまったら,どうするのだろう。

 千葉県の先生にそのあたりの事情をお聞きしたことがあるが,確かに全国大会優勝を目指している部活動は野球部だけとは限らないのだが,いかに「高校野球」が別次元の世界であるかがよくわかった。

 私は,「ブラック」という言い方をして企業や学校を批判する人が,もし本気で高校野球を応援しているとしたら,ちょっと待てよ,と言いたい。

 企業や学校における長時間労働が問題だという人は,高校野球などすぐに廃止せよと高野連や朝日新聞社に直訴すべきだろう。

 「部活動がブラックだ」と嘆く教師が最も困るのが,目標が高い高校生や個人には,「ブラック」などという概念はないことである。

 「お前には用はない」で終わってしまう。

 あれだけ熱狂的に球児を応援してしまう人がたくさんいる社会を問題視する勇気は大変なことだろうが,高いハードルを課せられるのが負担な人は,「負担感のない世界を」という要望をとにかく訴え続けるしかない。何百球も短期間で投げさせるようなとんでもない酷使をやめさせろ,という意思表明し続けてもらうのは自由である。

 「選ばれる人」「たった1校しかもらえない優勝旗を手にする人」になりたいと強く願う気持ちに水を差すことには勇気がいるだろうが,指をくわえて見ているだけでは社会は変わらない。

 カナノウに集まった2億円という金額が,県立高校にとってどのくらいの規模のものかはわかりにくい。

 甲子園出場を目指す学校の中には,それくらいのコストをかけて,いい選手を集めているところがありそうな気もする。実際に,部員全員とその家族がかけている資金の合計がとんでもなく額になっているという学校もあるだろう。高校野球の強豪校が「遠征」にかけている費用を聞いたら,素人の人は腰を抜かすだろう。何しろ,プロのように「1軍」「2軍」「3軍」が別の場所に「遠征」している高校もあるのだ。

 尖閣諸島の国有化にかけた税金は20億円。

 もう数年前だが,これによる経済損失がどれくらいあったかは知らない。

 それより,東京都が買い取る目的で集めた寄付金が,今も宙に浮いていることがわかった。

 その額は14億円。ずっと塩漬け状態にあるという。

 もう少し血のめぐりをよくした方がいいのでは。

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中心選手を育成するために負け続ける勇気

 昔なら,巨人が最下位に落ちたことで文句を書きたくなったことだろうが,歳をとったせいか,少し違った感覚でいる。

 若い岡本選手を4番打者にすえて鍛えようとしている首脳に,今まで感じたことのない「期待感」を覚える。

 私が大学2年生で4番打者を任されたとき,他の大学のチームのキャプテンからかけてもらった言葉がはっきり記憶に残っている。

 「重たくないか」

 当時はまだ,実績が残せていなかったからか,4番でも甘い球をたくさん投げてきてくれて,打つことができたので,「そうでもありません」と答えてしまった。

 ただ,やがて,「本気で抑えにくるピッチャーの球」に苦労することとなった。

 プロ野球とは比較にならない大学野球の話だが,岡本選手が苦労しているのはよくわかる。

 4番でなければ打てた球がたくさんあるような気がする。

 「当てにいって凡打」を禁止されているのだろうか。

 大事な場面での見逃し三振が多い。

 ただ平然と見逃し三振ができるようにならないと,プロ野球の4番打者は務まらないのだろう。

 せめてAクラスに這い上がるための我慢だと割り切って観戦している。

 学校でも,若い教員に失敗の経験を積ませる「ゆとり」を管理職や先輩教師たちはもってほしいものである。

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「強いチーム」の勝因

 5月26日現在,プロ野球・セリーグでは広島が2位に5ゲーム差をつけて首位を走っている。

 広島の「強さ」の秘訣は何なのか。

 巨人のように「金」で優秀な選手を引き抜いていくことで勝利を目指していくチームとは何が異なるのか。

 広島の個人の打撃成績を見てみると,打率が3割を超えている選手(規定打席に達している選手で)は1人もいない。打率10位までに1人も入っていないのが広島である。

 投手成績を見ても,防御率成績でベスト5に入っている選手が1人もいない。

 「個」の実績ではなく,「チーム力」で勝っている典型的なチームである。

 「金」で買われてきた選手が活躍せず,低迷するチームには,「言い訳」が可能である。

 負けを人の責任にできる。

 みんなの責任で負け,みんなの力を結集して勝つ。

 個々人の絶え間ない努力の成果が,チームの勝利に結びつく。

 「完成形」「実績型」ではなく,「未熟」「成果をこれから出す」チームの強さが勝利の秘訣なのだろう。

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「勲章」としてのブーイング

 大リーグで活躍する大谷選手を襲う敵地でのブーイング。

 裏返しにあるのは偉大な実績に対する「敬意」である。

 チームメイトの心情には複雑なものがあるだろう。

 「敬意」をはらんだ「敵意」と,

 どこかの大学のように「憎悪」しかない「敵意」とでは

 天と地の開きがある。

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12月4日 データ分析で野球が変わった

 12月4日は日本の近代統計調査の先駆者である杉亨二さんが亡くなった日である。

 総務省統計局のHPにその一生が紹介されている。

 統計データは,持っているだけでは意味がない。

 それをどう活用するかが重要である。

 2015年にMLBで始まったデータ分析が,わずか2年で結実したらしい。

 ホームラン数が異常な増え方をした2017年は,

 いわゆる「飛ぶボール」のせいだろうと勝手に予想していたが,

 どうやら「フライボール革命」が起こっていたということである。

 来年の日本でも起こるかどうかはわからないが,

 打球の速度と角度によってホームランになるかならないかが明確に

 示されることで,数字を意識したバッティングに変わったそうである。

 データ革命によるMLBの進化が,日本にも影響を及ぼすかどうか。

 データ野球と言えば,かつては野村監督やその指導を直に受けていた古田捕手をすぐに連想するのだが・・・。

 数学者や統計学者が活躍する場が,野球を始めとしたスポーツの世界に広がっていくのだろうか。

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真っ赤な甲子園球場

 広島が2年連続でリーグ優勝を甲子園球場で決めた。

 練習量で他球団をしのぐとされる若手中心の広島には,3連覇,4連覇の可能性もあると考えられる。

 絶対的なエースが退団しても,強さに変わりはなかった。

 中心選手が怪我で離脱しても,むしろチームは強くなっていった。

 敵地での胴上げだからやや控えめな感じの選手たちを,3塁側からレフトスタンドを埋め尽くしたファンは大喜びで見つめていた。

 阪神ファンからは,ライトスタンドや1塁側に広島のユニフォームを着て座っている「勘違いファン」に憤りを感じている,とか,球場近くの電車では,敵のユニフォームを脱ぐのが礼儀だ,という指摘もあるようだが,観戦中は敵同士でも,勝負がついた後は相手への敬意を忘れない,というスポーツマンシップを大切にしていただきたい。

 多くのプロ野球選手にとって,甲子園球場は特別な場所である。

 本拠地とはまた別の嬉しさがあると思われる。

 クライマックスシリーズをまた楽しみに待っていたい。

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不信感は能力を低下させる~日本シリーズ第6戦でカープが負けた理由~

 人間のパフォーマンスを低下させる原因になる要素はたくさんある。

 そのうちの一つが「不信感」であることを,今日の日本シリーズ第6戦で実感することができた。

 広島カープの選手たちには,主審のボール・ストライクの判定に不満があった。

 特に私が感じたのは,本来は「スイング」と見なされ「ストライク」になるはずのファイターズの選手の「ハーフスイング」が,「ボール」と判定されることが多かったことである。

 攻撃時のバッターからも,守備時のバッテリーなどからも,判定への不服の声はベンチ内でもあがっていたに違いない。

 試合終盤で主審から選手のクレームに対する注意がなされたこともあったが,こうした「不満」「不信」は,バッティングにも,ピッチングにもマイナス方向に強く働いていたように思う。

 「不満」「不信」によって集中力を欠いたことが,広島カープの敗因ではなかったか。


 「野球は2アウトから」とはよく言ったものだが,2アウトランナーなしからの猛攻撃は,

 「ピッチャー返し」というセンター方向を狙った基本通りの打撃ができたファイターズの選手たちの能力の高さが発揮された場面でもあるが,ピッチャーの投げているボールが甘かったというのも原因の一つである。

 ピッチャーは,際どい投球を「ボール」と判定されてしまうと,フォアボールを怖れて甘い球が多くなってしまう場合がある。

 主審に対する「不信」「不満」が高まりながらの投球は,本来発揮されるべき微妙なコントロールも狂わせてしまう。
 
 

 4対4の同点に追いついた後,広島カープの押せ押せムードは最高潮になり,選手はもちろんファンの多くが逆転を確信していたはずだが,ショートゴロゲッツーがその流れを止めてしまった。

 6点差に開いてしまった後の打撃のパフォーマンスは,完全に崩壊。

 
 「野球選手は紳士たれ」「判定への不満を表に出すな」という言葉は,単なるマナーだけのため,と思わせてしまうものかもしれない。

 判定への不満は,自分のパフォーマンスを低下させる原因になる。

 だから,おかしな判定も「そういうものだったのだ」と素直に受け入れ,「次の場面」への集中力をさらに高めることを重視すべきである。

 不平や不満ばかりしか書いていない人の文章のパフォーマンスが,何年も同じことの繰り返しで全く進歩していないことの理由もよくわかった。


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調子の落ちた高給取りをどんどん試合に出して給料ダウンを狙う?

 プロ球団の経営者にとって,頭が痛いのは選手の給料UPである。

 長期高額契約を結んだ選手に限って成績が悪かったりすると,「経営判断ミス」と評価される。

 セリーグでは広島カープが早々と優勝を決めてしまったため,

 「消化試合」が多くなってしまった。

 2位をキープしたい巨人だが,リリーフ陣が崩壊している。

 せっかくの先発投手の勝ち星をフイにしてしまうわけだから,

 「給料ダウン」は自分以外の選手にも波及する。

 こうして「悪い成績」が増えれば増えるほど,経営の側にとっては「助かる」話である・・・

 と考えられなくもないのだが,ファンが離れて収入が減ったら元も子もない。

 試合に出れば,活躍するチャンスが存在するわけだから,プロなら結果を残してナンボではある。

 しかし,素人が見ても調子が悪い選手を交代させないのは,特別な理由があると思ってしまう。

 資金に余裕のあるが勝てない球団ほど,人気が下がってしまう可能性があることを忘れないでほしい。


 さて,こうした「経営陣のいじわる」が本当に存在するとしたら,どういう企業に見られるのだろう。

 ありえないほどの重圧を与えて失敗させ,リストラするというケースはないのだろうか。

 
 公務員の緊張感のなさには辟易することもあるが,生き残りをかけた企業の厳しい人事管理は想像の枠を超えている。

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バックアップ(カバー)の大切さ

 野球の守備では,「バックアップ(カバーリング)」をすることが基本の1つである。

 たとえば,ランナーが1塁にいたとき,ライト前にヒットが飛んだとする。

 ランナーが3塁に走り,送球がライトから3塁に送られる可能性があるから,このときピッチャーは,3塁側のファールグラウンドまで走ってバックアップをしなければならない。

 イチローの2シーズンぶり,前回のエラーから395回,ノーエラーできていた守備機会でのエラーが記録された原因は,ピッチャーがバックアップに入っていなかったことが原因である。

 だれかのミスは,だれかのカバーで帳消しにすることができる,それは野球の世界だけとは限らない。

 生活指導の場面では,若い教師がやりがちなミスがある。

 先日も,部活動の試合でたまたま目にすることができた。他校での話だから,クビを突っ込めないのが歯がゆかったが,適切なカバーがなされたことを祈っている。

 同じ学校の中で問題があった場合は,教師はチームで動ける。

 「協働」の大切さというのは,こういう「危機的状況」への対応場面で,かつ,成果を残せることで,実感できるものである。

 残念ながら,「カバーリング」が望めない場面が教師にはある。

 学習指導でのミスを把握できる人が,TTや公開授業などでなければだれもないのが教員の世界である。

 アクティブ・ラーニングの宣伝をしている授業の動画で,歴史を学んでいる人ならわかるはずの「誤り」を発見した。
  
 子どもの誤った事実認識を,教師が「それは誤っている」と指摘でないような授業が続くとどうなるか。

 責任は,「だって,だれだれさんが教えてくれたのがこれだから」と,教えてくれた生徒のせいになるのか。

 学習指導における教師の責任の重さは,相当のものであり,だからこそ,継続的な研修・研究が欠かせないのである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より