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カテゴリー「歴史学習」の316件の記事

皇族への言論弾圧

 日本文化の良さの一つに「曖昧さ」の美がある。

 「白黒つけない」という生き方は,自然の理に叶っているのだが,

 「自然」=「神のわざ」と考える宗教では,はじめから「白」や「黒」が決められているという「思考停止」状態が当たり前である。

 「白黒つけない」「曖昧」な態度というのは,「思考継続」状態を示す。

 では,「はっきりとモノを言う」という態度はダメなのか。

 もちろんそんなことはない。ただ,日本ではこれを嫌うというタイプの「思考停止」状態があり得る。

 結論を早く押しつけられることが苦手な日本人は,「お茶を濁す」技を鍛えているが,

 「誤魔化す」ことに専念する「思考停止」状態の人間もいる。

 「議論を封じる」ことが大好きな「思考停止」状態の人間も多い。

 道徳の教育をやりたいと言っている人間は,そもそも「議論」が好きな方ではないだろう。

 簡単に負けてしまうからである。

 だから議論に負けないためには,そもそも議論にもっていけないようにすることが重要と考える。

 言論を弾圧されるのは,一般市民だけではない。

 国民のためを思っての一言すら,弾圧される世の中になったらしい。

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正倉院展を訪れて

 先週,学会で奈良に行ったついでに正倉院展を訪れ,奈良時代の貴重な宝物を目にすることができた。

 宝物はもちろんだが,私の印象に強く残っているのは宝物をじっと見つめる高齢者たちの熱心な態度だった。

 仕事をリタイアした方々が,むさぼるように宝物を鑑賞する姿は,「年をとったらこうでありたい」と願うきっかけにもなった。

 創作を仕事にしている方は,これほどの目で見つめられる作品をつくってみたいと思うに違いない。

 私が出会ったこの「目」に近いものは,研究発表会に参加された先生方が子どもたちに向けてくれる視線である。

 「偉い人」の話は半分以上の人が寝てしまうが,子どもよりもキラキラしているのではないかと思われるほど輝く視線で生徒の発表を見つめて下さった先生は,強く記憶に残っている。

 これから正倉院展に駆け込む方に一言お伝えするとしたら,玄関入ってすぐ左の講堂でボランティアがしてくれる30分ほどの解説を,ぜひ聴いてから見学に入るべき,という一点である。

 10分ほどかけて,光明皇后が写経させたものを読んでみたが,仏のありがたさを日本中に広めようとした熱意がひしひしと伝わってきた。

 「本物」から得られる影響というのは,とても大きなものである。

 子ども時代に全く感動を得られなかった博物館を,ようやく楽しめる年齢になってきた。

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日本における戦後の急速な発展を支えた教育とは?

 近代の歴史を学ぶときは,「活躍している世代が受けた教育やその当時(教育を受けていたとき)の社会の特色」に着目させることにしている。

 たとえば,明治初期の改革を成し遂げた人々は?

 アメリカとの無謀な戦争に突入していった人々は?

 そこには,「すぐに役に立つ」知識や知恵はなかったはずである。ただし,新しい知識や時代の変化に対応できる能力が備わっていた(備わっていなかった)ことは確かだろう。

 アメリカとの無謀な戦争に突入した時代には,給食に軍国主義に内容が染められていった過程の教育があった。

 1943年に現在でいう小学校6年生(12歳)が,社会に出て主力として働いた30歳代と言えば,1960年代である。

 この時期は,高度経済成長の真っ只中で,「所得倍増」も成し遂げた。

 「滅私奉公」などといった軍国主義の教育理念がしっかりと反映したかたちになったのだろうか。

 1960年代は,行政で問題を起こしている官僚たちが産まれた時期である。

 1960年代にはすでに,教育の過熱化が問題になっていた。

 すでに平成に入って30年。日本の近現代史上,「もっとも頼りになる世代」はいつの時代に存在したのだろう。

 それは,なぜなのか。

 教育がしっかりしていたから,そういう「頼りになる世代」が生まれたのか。

 「厳しい時代環境」だったから,そこに適応するために能力が発揮されて,結果として「頼りになる世代」という「称号」がもらえたのか。

 今まで一度として「成功」扱いされた「教育改革」はなかった。だから大きな方針転換が相次ぐこととなった。

 悪影響もあるだろうが,逆に,改革のたびに心ある教師たちが,一生懸命「改革の旗手」となるべく研修・研究を重ね,能力を向上させることができたという副次的な効果があったのか。

 外的要因の変化は,文句のつけようがないから,批判されることはないが,自らが起こす改革に伴う変化については,常に批判・非難・誹謗中傷がつきまとう。

 東アジアにおける隋・唐王朝の成立,軍事政権の成立,海禁政策,近代における工業化・民主化の影響,「核の傘」のおかげで,日本が変化,発展を遂げてきたように見える歴史観に,何を加える必要があるのか。

 江戸時代後期,幕府の政治改革はなかなか「成功」することはなかったが,「雄藩」を生んだ諸藩の取り組みもあった。

 中世から近世にかけて,「一揆」が果たした意義についての幅広い検討から見えてくるものもあるだろう。

 学習指導要領をできるだけ弾力化し,創意工夫ができる範囲を広げることが,今後の日本の発展への大きな近道にはならないだろうか。

 難易度が非常に低い国語とか算数の問題の平均点を競うような愚を辞めさせることができる人物の登場も待ちたい。

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近づきにくい人に近づく方法

 歴史の授業で,第二次世界大戦中,ルーズベルトがスターリンに近づいた方法を紹介した。

 ドイツへの攻撃要請を受けなかったチャーチルを嫌っていたスターリンに,ルーズベルトはある方法を使って「わかり合える仲間」となった。

 その話をしたら,米大統領が北朝鮮最高指導者に近づけたのも,公にはなっていないが,同じ方法をとったのではないか,と生徒がつぶやいていた。

 私はその発言を引き出すためにルーズベルトの戦略を紹介したいわけではないが,直ちに想像できた生徒には「あっぱれ」を出したい気持ちになった。

 本当は仲良くなりたくはない相手なのに,利用価値があるためにコミュニケーションをとりたい場合,好意を直接伝えるのではなく,他の人間(国)への悪意で打ち解け合う,という方法は,道徳の授業では議論ネタとして使えるかもしれない。相手に直接悪口を言っているわけではないので,バレなければ問題ないだろう(ルーズベルトの場合は後世に伝えられてしまったわけだが)という意見が出てくる。しかし,人の悪口で仲良くなるのは,最低だ,という反対意見がでる。別に仲良くなるのが目的ではないから,かまわない,などなど,立場は分かれるだろう。

 実際の教室では,あるいはSNSでは,いつも使われている手法である。

 学校ではすぐにひそひそ話の内容がバレ,「いじめ」案件にカウントされる代表例である。

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縄文女子と飯盛山のさざえ堂

 飯盛山と言えば白虎隊・・・だったのが,今では「さざえ堂」の方だけを知っている,という人が多いかもしれない。

 六角形でらせん状の廊下がある通称「さざえ堂」は,18世紀末に建設されたものだが,新聞やTV等で最近紹介されたことで,これを目当てに飯盛山に向かう人が増えているようだ。

 「歴女」という言葉が登場してから,最近では「刀女子」などのバリエーションが増え,「土偶」に魅せられる「縄文女子」という呼び方も出来たようだ。

 東京国立博物館で開催中の特別展『縄文―1万年の美の鼓動』も女性に人気らしい。

 ある専門家は,「そもそも土偶は女性をかたどったものが多い」と解説をしてくれているが,「土偶に刻まれている妊娠線」というリアルな注目点を指摘されると,そういう教え方をしてこなかったことに少々後悔の念が生まれる。

 ブームというものは,何をきっかけに広がっていくか,なかなか予測できない。

 今までも「縄文展」はあちこちで開催されてきたはずであるが,「土偶に魅せられる人」がクローズアップされたことはなかったように思われる。
 
 次のブームを探し出す,または,次のブームを創り出すことに躍起になっている人もいるのだろうが,さざえ堂も土偶も,ただのブームでもてはやされただけではもったいない。

 「なぜ」「どうして」という疑問がしっかり引き出せるネタは歴史の場合,とても多く全国各地に転がっているはずであるから,「ブラタモリ」の「歴史版」が生まれてくることを期待している。

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飯盛山に残るドイツとイタリアからの贈り物

 福島県会津若松市の飯盛山と言えば,白虎隊の若者たちが自刃した場所として有名である。

 甲子園で熱戦を繰り広げている高校球児と,命を絶つ決意を固めることができた同年代の少年たちの姿に「重なるもの」があるのを感じるのは私だけだろうか。

 今でも墓を訪れる人が多い。階段の横に動く歩道(大人250円)が設置されていて,高齢者でも山の上に上がることができる。

 墓のある場所には,日本のものではないことが明らかな碑がある。

 ナチスドイツやムッソリーニが白虎隊を讃えた証だと聞くと,ちょっと引いてしまうようなものだろう。

 戦後すぐにGHQが碑文を削ったりもしたそうだが,完全撤去には至らず,今日まで残されている。

 さすがに白虎隊の話を紹介している道徳の教科書はないだろうが,白虎隊の最期を伝えた飯沼貞吉だけでなく,遺体を弔った人々,会津藩で犠牲になった女性たちを霊を慰めるための碑をつくった山川健次郎(飯沼貞吉のいとこで,東京帝国大学総長などをつとめた)などの話を福島県の子どもたち(あるいは会津地方の子どもたち)は知っていることだろう。

 碑には,新政府軍が「西軍」と表記されているものがある。

 「西軍」によって再統一されてできたのが明治新国家である,という歴史のイメージを今でも持っている人がいるだろうか。

 また,白虎隊の精神を学んで戦死していったドイツやイタリアの若者はいたのだろうか。

 少々複雑な気持ちにさせられる話である。

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夏休みは31日以内で

 日本列島は細長く,南北にのびていることで,地域によって気候は多様である。

 だから1学期の終わりと2学期の始まり(3学期制の場合)の時期は,地域によって自由に変えてよいはずである。

 ただ,教室等のエアコンが完備されると,全国一律の休業日の設定も可能になる。

 アメリカとの戦争が始まった翌年の1942年の『少国民新聞』に,「大戦下の夏休み 三十一日以内の事」と文部省が定めたという記事が掲載されている(「戦時中の夏休み」と検索すると,紹介してくれているサイトが出てくる)。

 戦時下の子どもたちの夏休みは,実質的に「強制労働」の時間だったようで,これを「勤労奉仕」などと呼んで「利用」する政府の精神があるから,「公共」などという科目の胡散臭さが拭いきれない。

 「奉仕の精神」を評価する仕組みを教育機関が持っていることの意味を考えてもらいたい。

 2020年は,学校がオリンピックに振り回される1年になるかもしれない。

 来年から「戦時体制」に入る自治体も増えてくることだろう。

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朝鮮半島の統一

 「朝鮮半島情勢」という言葉から連想されるイメージは,北朝鮮の核開発や南北の対立といった負のニュアンスのものが一般的であった。

 とうとう,「時刻の統一」が実現する。

 今まで主にマスコミ等によってつくられてきた「イメージ」が,「事実の報道」によって塗り替えられようとしている。

 日本にとっては,「拉致被害者の救出」が長年の責務であり,外交の手腕が問われるタイミングである。

 アメリカがどう出るかによって態度を選ばなければならないような従属国だとしたら,すべてが後手後手にまわることを覚悟しなければならないが,先手を打つチャンスをもっている政党もあるはずである。

 ロシアや中国の動きを眺めているうちに,日本だけが「仲間はずれ」になる構図が予想される。

 こういう最悪のシナリオを想定しないことにする国が,いつまで「もつ」だろうか。

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「暗記型か思考型か」などという幼稚な比較をしているうちは,まともな教育はできない

 暗記だけ,思考だけという教育はあり得ません。

 暗記はなし,思考はする,という教育も不可能です。

 暗記ばかりで思考の場面がない,という批判があっての教育改革なのでしょうが,「させられる思考」「型にはまった思考」では意味がないので,「思考」の質も大いに問われる必要があります。

 歴史教育では,過去の出来事を主な題材としているために,だれでも「流れ」をつかむことができます。

 「流れ」のつかみ型は多種多様で,人物の決断に焦点をあてた場合,対外関係に焦点を絞った場合,経済活動との関連を重視した場合など,切り取り型によって多くのストーリーが語れるわけです。

 単純に「暗記」していたことが生かされる場合もあるし,死んだまま眠る場合もありますが,「暗記」したことがストーリーだった場合,後で別のストーリーとの類似性や相違点が見つかると,そこで「生きた知識」として活用されることになる。

 知識も何もない場所では,「思考」に生かせるものは何もないわけです。

 新しい学習指導要領風に言えば,「見方・考え方」を働かせるための「場」が必要で,それは「教科書の内容」でもいいし,教師が提示する資料でも,あるいは子どもが主体的に探してくるものでもかまわない。

 暗記型だけの学習をしたとしても,どこかでそれを活用する方法を知ることで,「思考」のための材料に変えることができますから,新しい入試では,「暗記したことを,自分なりの指標で整理し直す力」を測定する,という制度設計をすることが考えられます。

 学校でもし「自分なりの指標で整理する」時間をとってしまうと,インプットできる情報が減りますから,できあがりの質も落ちるでしょう。

 ですから学校教育には「多くを求めない」ことが,最終的には成功に結びつくのかもしれません。

 塾産業は,「量で勝つ」という「成功方程式」で合格を約束することで経営が成り立っています。

 総合的な学習の時間が趣旨通りに実施されていない学校で,「見方・考え方」を働かせる学習を保障するのは不可能でしょう。

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小5の受験生の社会科勉強法

 中学受験用のカリキュラムだと,小5の1月で,歴史の学習が終わる。

 公立小学校のカリキュラムでは,小6で学習する範囲である。

 SAPIXの1月のテストの平均点を聞いて驚いた。

 社会科は,100点満点で30点程度。

 上位の子どもにたちに差をつけるためのテストを受けさせる塾である。

 こういう問題を解かされた子どもたちと,

 まだ全く歴史の学習をしていない子どもたちとの間に,どんな「格差」が生まれているのだろう?

 そもそも,中学校で学ぶレベルの歴史学習に,どんな意味があるのだろうか?

 SAPIXに通って授業を受けている子どもでも,大部分の子どもが理解できていない問題を出す意味は,どこにあるのだろうか?

 授業ノートも見せてもらったが,内容は「つまらない」の一言に尽きる。

 女子の平均点は20点代らしいが,それは無理もないだろう。

 まだ中学校の教科書を読んだ方が,「予習」にもなってよいかもしれない。

 さすがに「受験に出やすい内容」がしっかりと出ているプリントであるが,

 もし「教育的配慮」を進学先の中学校が考えるならば,もう少し出題する内容を検討するか,

 学習指導要領に示されていない内容を出題することをやめるとか,

 やるべきことがあるのではないか。

 「歯止め」は学習指導要領ではなく,「入試問題」にかけるべきだと思われる。

 勉強嫌いになってしまった「受験上がり」の子を「勉強好き」にする醍醐味も味わえるのであるが。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より
  • 目くばりをするということは、実際にそこに目を遏(とど)めなければならぬ。目には呪力がある。防禦の念力をこめてみた壁は破られにくく、武器もまた損壊しにくい。人にはふしぎな力がある。古代の人はそれをよく知っていた。が、現代人はそれを忘れている。
    「楽毅」第1巻より
  • 知恵というものは、おのれの意のままにならぬ現状をはげしく認識して生ずるものなのである。
    「楽毅」第1巻より
  • 会う人がちがえば、ちがう自己があらわれるということであろうか。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 静寂に染まりきれば、ふたたび起つことはない。生きるということは、起つ、ということだ。自然の静謐に異をとなえることだ。さわがしさを放つことだ。自分のさわがしさを嫌悪するようになれば、人は死ぬ。
    「楽毅」第四巻より
  • 人というものは、自分のやっていることをたれもみていないと思い込んでいるが、じつはたれかがみており、やがて賛同してくれる人があらわれる。
    「春秋の名君」より
  • 寵を受けても驕らず、驕っても高い位を望まず、低い地位にいながら怨まず、怨んでもおのれを抑えることのできる人は少ない
    「沈黙の王」より
  • 小さな信義が、きちんとはたされてこそ、それがつもりつもって、大きな信義を成り立たせる。それゆえに、明君は、小さな信義をおろそかにせず、つねに信義をつむように、心がけるものである
    「歴史の活力」より
  • 奥の深いことと、表現がむずかしいこととは、むしろ逆の関係にある。むずかしい表現のほうが、ぞんがい簡単なことをいっている場合が多く、やさしい表現のほうが、奥の深いことをいえる。
    「歴史の活力」より
  • 黄河の流れは悠久とやむことはない。河床もあがりつづけるのである。いくら堤防の高さをましてもらちのないことであった。
    「侠骨記」より
  • 人はおのれのままで在りたい。それは願望とはいえぬほどそこはかとないものでありながら、じつは最大の欲望である。人の世は、自分が自分であることをゆるさない。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 外をもって仕えている者は信用するに足りぬ。つまり男でも女でも内なる容姿というものがあり、その容姿のすぐれている者こそ、依恃(いじ)にあたいする。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 橘という木があります。この木が淮水の南に生ずれば、すなわち橘となります。ところが淮水の北に生ずれば、すなわち枳となります。葉は似ておりますが、実のあじわいはことなります。なにゆえにそうなるかと申しますと、水と土がちがうからです。そのように、その者は斉で生まれ育ったときは盗みをしなかったのに、楚にはいって盗みをしたのです。楚の水と土は、民に盗みをうまくさせようとするところがありませんか
    「晏子」(第四巻)より
  • 倹より奢に入るは易く、奢より倹に入るは難し
    「中国古典の言行録」より
  • 礼儀という熟語がある。礼とは万物を成り立たせている根元に人がどうかかわるかという哲理のことで、儀とは礼をどう表現するかというレトリックをいう。その二つが組み合わさって礼儀ということばが生まれた。
    「春秋の色」より
  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より