中1ギャップを解消するために,さまざまな取組が行われている。
小中一貫校の設置も,その一つだろうが,中学校1年生をナントカ学園7年生と呼んだところで,中学校の教育課程の学習についていけない生徒がいなくなるわけでもない。
ギャップを感じにくくなる一方で,「中学生になった」という実感をもちにくいことは,子どもの成長にとってマイナスになってしまう側面が大きすぎる気もする。
英語教育を小学校から始めるというのも,中1ギャップ解消への改革として期待される面もあるが,
「英語教育の研修」を終えた小学校教師たちの多くが,「撃沈」して帰ってくるという話を耳にした。
「私たちが英語を教えていいのだろうか?」という疑問というか「適性の乏しさ」を痛感してしまうというのだ。
多くの教師に「道徳も同じでしょ」と言いたくもなるところだが,「英語があるから小学校教師にはなれない」という理由で,教師志願者が減っていくことも危惧しなければならない事態が目前に迫っている。
制度をいじると,必ずと言っていいほど「悪い方向へ」の効果が高まっていく日本の教育界である。
私は,中1ギャップの原因は,小学校と中学校・高等学校の教育課程,学習指導要領に示された内容にあると考えているが,もう一つ,「文化の違い」が無視できない要素であると確信している。
小学校と中学校・高等学校の「文化の違い」は,たとえば「学習指導」や「生活指導」に顕著になって表れてくる。
その点は何度もこのブログで取り上げているが,その他に,小学校=女性社会から,中学校・高等学校=男性社会に変わることが,非常に大きな不適用要素として直撃してしまう子どもがいると感じている。
下の図は,東京都の中学校の男女別教員数の推移を示している。

小学校と比べると,男性教員の割合が高い。
管理職になると,男女比はさらに男性に偏ることになる。
少し前の記事でも書いたように,「男性」「女性」と区別する時代ではないかもしれないし,経験が10年未満の人が半数以上を占めるような小学校になってくると,今までとはまた異なった文化ができているかもしれない。
しかし,「戦闘向き」の集団である「男性の群れ」がもつ独特な中学校の生活様式は,小学校には見られにくいのではないか。
この文化の違いに,敏感に反応する子どもが少なからずいるはずなのである。
別に,「女性社会」が「戦闘向き」ではない,とは言えないだろうが,子どもにとってどっちが「アットホームな感じがするか」と問われれば,もちろん例外はいくらでもあるだろうが,「男性社会」よりは「女性社会」だろう。女性の育児や家事労働がまだ多い国ならではの感じ方である。
「中学校に行くと,先生たちはみんな怖いよ」と小学生を脅す教員がいるらしい(私の教え子たちの多くが,みんなこういう脅しを受けていたことを知っている)が,どういう人だろう?
そもそも,なぜ小学校に女性の教員が多く,中学校では逆になっているのか。
そこに中1ギャップの原因が潜んでいるかもしれない,という予想から,少し想像してみた。




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