教師の成長力を奪う力
教育の世界では昔から,「大学における教員養成の限界」が問題になっている。
「教育学部の学生の資質能力に課題がある」のは企業だけでなく教育現場も同じことで,
教育実習に挨拶に来るとき,「教育学部でごめんなさい」とお詫びから入ってくるのが通例になっていることが印象的である。
私は「教育学部」というところで学生の能力が潰されているのではないかと危惧している教員の1人だが,その根の深さは昔からなので,すぐに改善することは難しいだろう。人間を育てるのは人間なのである。
少子化による学校の小規模化に伴って,適正規模に満たない学校が増え,
「職場における教員の能力開発の限界」も問題になっており,それだけ余計に
「現場で使えない若い教師が多くなっている」ことが学校の重荷になっている。
こういう学校の窮状につけ込んで,教師の成長力を奪う実践が広がっていくことへの懸念もある。
私は組合には入らなかったが,仮に入ったとしても,組合の体質には絶対に染まらなかっただろうし,
すぐに抜けていたと思われる。
今,学校を侵食しているのは,新しいタイプの組合体質を浸透させようとする「革命家」たちである。
間違いなく,教師の成長力は奪われる。
教員研修はお遊戯会レベルとなり,「仲良しこよし」が増えるだけだが,
表向きは,「同僚性が高まった」などと宣伝される。
浸食率は0.1%にも満たないレベルだろうが,1000校に1校でも子どもたちが犠牲になるのは心が痛む。
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