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当ブログの記事別 アクセスランキング(ベスト20)

期間:平成24年2月1日~5月11日

   1.蚊帳の外にいた人に「学力観」は語れない (2444回)

 2.内田樹と内田樹に対する批判への批判をする人の共通点/警視庁史上初の事件(470回)

  3.開いた口がふさがらない「学び合い」の実践事例(393回)

 4.NHKスペシャル「職場を襲う“新型うつ”」での尾木ママの説明の誤りを正します(379回)

 5.教職志望動機と「使命感」(299回)

 6.塾の先生には得られないもの(263回)

 7.小学校担任の「はずれ」への対応(229回)

 8.「忙しそうな教師」になってはいけない(228回)

 9.教師の「使命感」について問われたら?(224回)

10. 「不易」と「流行」は必ずセットで(215回)

11. 「東京の公教育への心配」の仕方への心配(211回)

12.教師の「忙しさ」の相対評価(210回)

13.「個性重視」という「きれいごと」(205回)

14. わかりやすい授業の条件(202回)

15.指導主事は現場に育てられる(200回)

16.苅谷剛彦(195回)

17.「やる気を引き出すため」の「学び合い」は失敗する(187回)

18.教師に向いていない典型的な人(173回)

19.教師や管理職が悪い知らせを聞くときの態度(162回)

20.好き・嫌いにこだわりすぎる小学校教師の問題点(160回)

2019年11月
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より