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列で並ぶこと自体が好きな?日本人

 あけましておめでとうございます。

 新年にも書きたいことがいくつもあったのですが,ネタ的に少しふさわしくないかなと考えて,結局「列」の話になりました。

 「列に並ぶ」という言葉を聞いて,思い浮かぶものを考えてもらうと,小さい子ならディズニーランド,一定の年齢を超えると有名な店の順番待ちといったところが上位に来るでしょうか。

 今年も当たり前のように,福袋を買うための長い行列ができています。

 日本以外で似たような光景が見られる国は,どのくらいあるのでしょう。

 そして,いつまで日本人は「蟻」のような習性を持ち続けるのでしょうか。

 以前も書いたことがある内容ですが,ある万博で,私は友達と一緒に列に並ばずにすいすいと展示場に入れるという経験をしました。時代が時代だからでしょうか。その友達とは,万博に協力している企業の経営者に近い人の子どもでした。障害者優先レーンを通って,2時間,3時間待ちの人たちとは別に,展示を楽しめたのです。

 人間は,一度そういう「優先権」を体験すると,「おいしさ」に慣れるというか,「つらさ」に耐えきれなくなるものでしょうか。また,「感動」というものも,失われていく傾向にあるのでしょうか。

 万博会場では,罪悪感もありましたが,展示が特に素晴しかったという印象もありませんでした。

 何かにじっと耐えて,耐えさえすれば必ず手にすることができるような経験を,多くの人は大切にしてきたと思います。

 しかし,これからは,待っているだけでどうにかなる,という社会ではなくなっていくように思います。

 それでも日本人は待つことが可能なのか。

 それとも,列に割り込むのが当然という人たちが増えるのか。

 学校現場にいて,年配の人たちが抱いている危惧は,わからないでもありません。

 だから,「道徳の教科化」という方針も,全く理解できないわけではないのです。

 しかし,少し考えるだけで,そんなことをしても未来に何の保証も得られないことはわかるはずです。

 「美徳」と「愚鈍」の差が,行動をただ美化したい人,自己満足したい人,人に強制させたい人にとっては,ほとんどゼロに近いということを忘れてはいけません。

 ただ黙ってセンセイの話を聞き,センセイが想定する答えを気に入られるように答えてきた人間が,どうなっているか,わからない人はいないでしょう。

 ただ大人しく列に並んで行儀良くしていることで,満足できる国民が作られ続けたとして,その先に待っているものは何なのでしょう?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より