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なぜ360度評価が役に立つのか

 人物に対する評価というものが,いかにあてにならないものであるかは,360度評価を実施している企業ならしっかりとわかっているのだろう。

 ダメな人の評価はたいていダメなものであるし,仕事ができる人が,他の人の評価を正しくできるとも限らない。

 360度評価を実施すると,評価能力の高さを人事部は把握することができるので,将来の管理職候補が見えやすくなるという利点がある。

 10人が低い評価をつけているのに,1人だけ高い評価をつけている人がいるとする。

 そして,その1人の評価の方が正しかったことが後でわかることがある。

 こういう人物を,組織はしっかりと育てるべきである。

 学校の管理職には,「評価者訓練」というものがある。

 ケーススタディを読ませて,自分なら,どういう評価を事例の教員にするか,どんな指導をするかを書かせて,管理職としての評価能力,教員を指導する立場としての資質能力を向上させるための研修である。

 やはり管理職としての能力に乏しい人は,人物に対する評価もいい加減なものであることがわかる。

 そもそも管理職には向いていない人というのは,管理職になった後でわかるものだが,教育長としては,相対評価で校長の序列をつけなければならないために,こういうダメな人もそのときだけは役に立つ。

 子どもに対する評価が,どれだけ適切なものなのか。

 適切でないことが明らかになってしまう調査を実施することは難しい。

 なぜなら,その評価が入試の得点として使われているからである。

 いい加減なデータが合否にかかわってくることを防ぐためには,当日得点の割合を高めていくしかない。

 心ある教員としては,できるだけ多くの評価情報を集めて,子どもを「武装」させてあげたいと思うだろう。

 しかし,「評価集め」をしている子どもを見ることほど,哀れに思うことはない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より