鬱陶しくない上司の存在価値
企業が生き残る上で,「社員を辞めさせずにすむ努力」も必要とされる時代になっているらしい。
こういう時代,「厳しい上司」はとても「危ない存在」となる。
「育ててあげる気持ち」で強い叱責を行う。
「フォローをしっかりしてあげるつもり」だったのに,社員に辞められてしまう。
これでは企業がもたなくなってしまうという。
離職率の低いある企業の経営者が語っていた,
社員一人一人の「会社に求めること」をすべて面接等でフォローしている,という姿にも唖然とさせられた。
ある人はお金優先,ある人は時間優先,ある人は場所優先・・・その要望に添うように企業が頑張る。
人間関係ばかりは,なかなか希望が叶いにくいような気もするが,
学校現場の場合,お金や場所,時間を決めるのは上司ではないから,あとは人間関係のみが問題となる。
私は,そもそも上司というのは「鬱陶しいもの」と決まっていると思っていたが,
今は「部下に気に入られる上司」である必要があるそうだ。
なるほど,「子どもに気に入られる教師」がいつからか求められている時代になったことに気づいた。
「いいセンセイ」とは,「子どもにとって都合のいいセンセイ」という意味である。
あるセンセイたちは,そのことに気づいたからか,いつからか教師が授業をせずにすむシステムを考案した。
これはだれにとっても(授業をしなくてすむのが助かるセンセイにとって)都合のよいシステムだそうだ。
鬱陶しくない上司やセンセイに,存在価値はあるのだろうか。
もう私が教員をやっていられる時代ではなくなったようだ。
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