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正倉院展を訪れて

 先週,学会で奈良に行ったついでに正倉院展を訪れ,奈良時代の貴重な宝物を目にすることができた。

 宝物はもちろんだが,私の印象に強く残っているのは宝物をじっと見つめる高齢者たちの熱心な態度だった。

 仕事をリタイアした方々が,むさぼるように宝物を鑑賞する姿は,「年をとったらこうでありたい」と願うきっかけにもなった。

 創作を仕事にしている方は,これほどの目で見つめられる作品をつくってみたいと思うに違いない。

 私が出会ったこの「目」に近いものは,研究発表会に参加された先生方が子どもたちに向けてくれる視線である。

 「偉い人」の話は半分以上の人が寝てしまうが,子どもよりもキラキラしているのではないかと思われるほど輝く視線で生徒の発表を見つめて下さった先生は,強く記憶に残っている。

 これから正倉院展に駆け込む方に一言お伝えするとしたら,玄関入ってすぐ左の講堂でボランティアがしてくれる30分ほどの解説を,ぜひ聴いてから見学に入るべき,という一点である。

 10分ほどかけて,光明皇后が写経させたものを読んでみたが,仏のありがたさを日本中に広めようとした熱意がひしひしと伝わってきた。

 「本物」から得られる影響というのは,とても大きなものである。

 子ども時代に全く感動を得られなかった博物館を,ようやく楽しめる年齢になってきた。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より