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道徳教育が成立するための条件とは

 ある中学生が正論を述べている。

 「道徳の授業という枠の中で,綺麗事を考えるのは,忖度できる人間をつくるだけで,害の方が大きい」とのこと。

 確かに,決まった時間にテーマが決められて,そのときだけ「考えたことにする」という時間は,まともな子どもにとっては,どちらかというと罪を犯している感覚の方が強くなる。時間が終わればそんなことに構っていられない現実が子どもにも待っているからである。

 道徳教育で育まれるべき諸能力は,どんな場でも,どんなかたちでも,だれに対しても,いつでも発揮されなければならない。

 道徳の授業という限られた場だけで頭を使わせられるのは,開店前に挨拶の練習をさせられる店員のようなものである。

 だから,道徳の授業は最も道徳教育の成果を発揮しにくい場になっていることの自覚がほしい。

 自分の頭で考える時間が必要だと真剣に考えるのなら,時間も場もテーマも強制してはならない。

 小学校低学年くらいで道徳の授業は「卒業」させることを真剣に考えてみてはどうか。

 いずれにせよ,ろくな授業が行われいないことは,調査をするまでもなく明白なことである。

 それはまともな授業をやろうとすればするほど,ろくでもなくなるという道徳に特有な事情である。

 最も道徳教育が機能している学校とは,道徳の授業の話などせずとも,いくらでも道徳が語れる教師で満たされている学校のことである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より