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いじめや暴力行為が多い自治体の「いじめ」対策の共通点

 調査結果には表れてこない数字なので,予想を立てるしかないのだが,私の経験上,「外部機関に頼ろうとする姿勢」が強ければ強いほど,「いじめ」を減少させることが難しい自治体だと思われる。

 まず,自治体が教員を信用していないこと。

 こういう自治体では,教員も自治体を信用していない。

 管理職と教員の関係性が悪いこと。

 こういう「大人の仲が悪い」社会では,そのまま子どもたちの仲も悪くなる。

 「施策を打てばそれでいい」という感覚は,私も行政にいたのでよくわかる。

 問題は,施策が「役に立っていない」「そもそも利用されていない」ことがバレないように,自治体がダメな施策を隠蔽していることである。「税金の無駄遣いだ」という批判がこないように,いくらでも「実績」をでっち上げる。

 しかし,「実績がない」ことくらい,当事者だったらわかってしまうものである。

 「いじめ」対策の本当の基本は,「教師」「子ども」「保護者」という三者の関係をどうするかである。

 すべてが密接でなくてもよい。そもそも条件が満たされない子どもはたくさんいる。

 どんな荒れた学校にも,教師がいる。

 教師は,自分の子どもではなく,人様の子どもの教育を職務とする職業である。

 まともな教師がまともな行動をとることが当たり前の場が学校である。

 親の子育てのせいにしたり,いじめた子どものせいにしたり,本人のせいにしたりする「教育を他人事とする教師」は,当然だが「教師」とは呼べない。

 徹底して「教師」を「教師」として育てる機能を果たせる自治体にならないと,すべての施策は無駄になる,というか,そういう機能さえあれば,余計な施策はなくし,行政コストをなくすこともできる。

 どこに資金を投下するか,最初に大きな誤りを犯したのはどこの自治体か。当事者ならその痛さが実感できるだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より