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金で人格を判断するようになる社会の仕組み

 ある大学のセンセイは,謝礼の額が多いところと少ないところを明確に区別して,講演する価値があるのは謝礼が多い方だとし,金を出さない人間たちからの誘いを断っているという。

 また,「ただ働きになる大学の仕事」は嫌だという。

 ギャラが少ない仕事を依頼する人間の人格攻撃も行っている。

 こういう大学のセンセイが生まれてくるのはなぜだろうか。

 国立大学が法人化されて,運営交付金が削られてくると,学長は「金儲け」に奔走するようになる。

 「儲け話」で目が血走っている学長を私は目の前で見て,「尊敬されない人」の痛々しさと,強い憤りを感じていた。「自分の金儲けのために奔走している大学のセンセイ」とも重なってくる。

 人件費を大幅に削減した後ならわからなくもないが,金儲けをしたい大学のトップと,自分で自分のために本業を利用して金儲けをしている職員を見ていると,「終わりの始まり」を感じてしまう。

 一方で,「卒業生だから」という理由で,「相場」の10分の1でも講演を引き受けてくれる「人気者」もいる。

 社会はどういう人によって支えられているかがよくわかる話である。

 繰り返し書いているが,特に教育に関する話題の場合,優れた教育内容や教育方法に関する業績は,だれでも参考にできるようにわかりやすい形で公開すべきである。生きていくのに必要な報酬を勤め先からきちんと得ているのであれば。収入の少ない人の「兼業」は本業に支障のない限りどんどん認めていくべきだが,一定の収入がある人は「兼業」ではなく「ボランティア」を行おうとする精神を養える国にしていかなければならない。

 ある大学のセンセイを講師に招いた公立学校の先生が,「こいつ,絶対に子ども相手の教育は無理だな」という感想をもらしていた。ガクシャは現場で働いている人=社会に役に立ててナンボの仕事であるということだ。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より