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総裁選に見る危機管理

 かつての「いじめ」に対する教育現場や教育委員会の危機管理とは,「なかったことにする」「いじめとは認めない」というもので,「危機を増幅するための体制」「爆弾の上でくつろぐ組織」の多くが「自滅」という形で砕け散った。

 総裁選で「敵を応援するのなら,閣僚を辞職しろ」という言葉はある議員から発せられたものらしいが,受けた人がこれを「圧力」と感じたということは,それなりに相手の立場が高い人なのだろう。

 しかし,「そんな事実はない」と切って捨てるような態度は,明らかに「危機を増幅するための体制」を強化してしまうものであり,「自爆」して終わり,ということになりかねないから,「もしそういう発言があったとしても,私たちは決して敵を冷遇しない。同じ党員として」と否定するのが「危機管理」というものである。

 今,最も「生きづらさ」を感じている霞が関の住民は,文部科学省で道徳教育について語らせられている人たちだろう。教育行政の局長が逮捕されるような国で,「道徳」を無理矢理「教科」に格上げすることなど,笑い話にしか聞こえない。贈賄と天下り,違法な再就職斡旋の根は同じである。子どもたちの前に姿をさらせる役人の無神経さには仰天する。

 官邸主導の政治の影響で,優秀な人材がどんどん霞が関から去っているという。

 これは,本人的には「正しい選択」なのかもしれないが,公務員を辞めるというのは公務員として「正しい選択」なのだろうか。

 昨日放映されていたクイズ番組で,「カスハラ」=「霞が関ハラスメント」(正しくはカスタマーハラスメント)という珍回答があった。「新人にコピーをとらせ続ける」行為が例として挙げられていたが,「高収入が得られる仕事」にどんどん人材が流出してしまう霞が関に,「公務員」を育てる場所としての意味が失われているのではないかと暗い気持ちにさせられてしまう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より