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子どもたちにとっての「迷惑行為」とは何か

 教員の過度の「思い入れ」,「教育熱」が,子どもを苦しめている実態を調査できる大学のセンセイはどのくらいいるだろう?

 教員の仕事が,子どもたちにとっては「迷惑行為」にあたっているということがらの事例はどのくらい挙げられるだろう。

 私が出会った「迷惑行為」の被害者もたくさんいる。ほとんどが,自分が被害者である自覚が全くない,ということは,中学校教員にとってもひどい「迷惑行為」である。たいていは,高校入学か,大学を選ぶ段階になってやっと問題の深刻さに直面する。

 地方では潜在的な危機感の裏返しなのか,とても極端な「個人崇拝」がある。

 異なる宗教を信じている人の行動を見ると,「私にはできないことだな」ということがわかるが,信じている側から見れば,「当たり前」のことであり,疑問を持つ余地はない。

 都市部にも,地方に負けないような「群れ」が存在するが,「異分子」に対する「村八分」的な排除行動のすごさはない。人口が多いために,「群れ」の種類がたくさんあるからだろうか。

 教育の世界に見える「狂信的な行為」によって,子どもたちは何重かの犠牲を強いられる。

 少しでも早く,気づいた方がよい。

 「たった一人の例外も認めない」という理想が,現実世界で完全に適用される社会で生まれる歪みがどれだけ深刻な傷を残すものなのか。

 9月に入って,私の子どもが通う小学校では,まだ一度も道徳の授業がないそうだ。

 夏休みの宿題で,数十ページ分の宿題が出たからだろうか。

 よい学校である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より