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日本における戦後の急速な発展を支えた教育とは?

 近代の歴史を学ぶときは,「活躍している世代が受けた教育やその当時(教育を受けていたとき)の社会の特色」に着目させることにしている。

 たとえば,明治初期の改革を成し遂げた人々は?

 アメリカとの無謀な戦争に突入していった人々は?

 そこには,「すぐに役に立つ」知識や知恵はなかったはずである。ただし,新しい知識や時代の変化に対応できる能力が備わっていた(備わっていなかった)ことは確かだろう。

 アメリカとの無謀な戦争に突入した時代には,給食に軍国主義に内容が染められていった過程の教育があった。

 1943年に現在でいう小学校6年生(12歳)が,社会に出て主力として働いた30歳代と言えば,1960年代である。

 この時期は,高度経済成長の真っ只中で,「所得倍増」も成し遂げた。

 「滅私奉公」などといった軍国主義の教育理念がしっかりと反映したかたちになったのだろうか。

 1960年代は,行政で問題を起こしている官僚たちが産まれた時期である。

 1960年代にはすでに,教育の過熱化が問題になっていた。

 すでに平成に入って30年。日本の近現代史上,「もっとも頼りになる世代」はいつの時代に存在したのだろう。

 それは,なぜなのか。

 教育がしっかりしていたから,そういう「頼りになる世代」が生まれたのか。

 「厳しい時代環境」だったから,そこに適応するために能力が発揮されて,結果として「頼りになる世代」という「称号」がもらえたのか。

 今まで一度として「成功」扱いされた「教育改革」はなかった。だから大きな方針転換が相次ぐこととなった。

 悪影響もあるだろうが,逆に,改革のたびに心ある教師たちが,一生懸命「改革の旗手」となるべく研修・研究を重ね,能力を向上させることができたという副次的な効果があったのか。

 外的要因の変化は,文句のつけようがないから,批判されることはないが,自らが起こす改革に伴う変化については,常に批判・非難・誹謗中傷がつきまとう。

 東アジアにおける隋・唐王朝の成立,軍事政権の成立,海禁政策,近代における工業化・民主化の影響,「核の傘」のおかげで,日本が変化,発展を遂げてきたように見える歴史観に,何を加える必要があるのか。

 江戸時代後期,幕府の政治改革はなかなか「成功」することはなかったが,「雄藩」を生んだ諸藩の取り組みもあった。

 中世から近世にかけて,「一揆」が果たした意義についての幅広い検討から見えてくるものもあるだろう。

 学習指導要領をできるだけ弾力化し,創意工夫ができる範囲を広げることが,今後の日本の発展への大きな近道にはならないだろうか。

 難易度が非常に低い国語とか算数の問題の平均点を競うような愚を辞めさせることができる人物の登場も待ちたい。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より