ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 部活動の追い風と向かい風 | トップページ | 博士号をとるまでは結婚してはいけない »

「感動ビジネス」「感動の押し売り」への批判

 「決まったパターンの感動もの」が好きな人がいる一方で,「やらせ」「プログラム」にすぎない「感動もの」を毛嫌いする人もいる。

 優勝チームがほとんど無視される報道は,「感動の対象になるもの」と「そうではないもの」の線引きをあまりにも綺麗に分けていて嫌だ,という人もいる。

 別に鑑賞することも感動することも押しつけられているわけではないTV番組を批判する意味はないという考え方もあろうが,教師の立場からすると,学校教育全体が「プログラムされた感動もの」であるため,やや肩身の狭い思いをしなければならない。

 卒業式でやたらと歌を歌わせるのが好きな人がいる。

 卒業式後に,さっさと親のもとに返せばいいのに,長々と生徒との別れを惜しむのが好きな人もいる。

 人生のそれなりの「区切り」となる儀式と最後に別れるまでの過ごし方は,学校によってそれほど大きな差異はないのではないか。

 教師を神輿に担いで「仰げば尊し」をやる極端に「道徳的」な別れを見るとちょっと引いてしまうが,学校で長く踏襲されてきたことを潰すのは,よほどの「空気読まない派」でないと難しい。

 私の場合は,見苦しい姿を最後に見られて終わるのが嫌なので,主役級の子どもやちょっと目立たなかったけどコツコツ頑張ってきた子どもに花を持たせて終わりにしたい。

 子どもに気を遣わせることを仕事にしている人たちは,ちょっと寂しい人たちなのではないか。

 「感動ビジネス」の供給側は,視聴率で評価が決まってしまう,実は非常に苦悩に満ちた「感動できない」人たちなのではないか,と想像してもらうことで,少しは私も気が楽になる。

 心を「感動用コンテンツ」で操られる人間が増えることを危惧する神経も,もちろん大事である。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 部活動の追い風と向かい風 | トップページ | 博士号をとるまでは結婚してはいけない »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「感動ビジネス」「感動の押し売り」への批判:

« 部活動の追い風と向かい風 | トップページ | 博士号をとるまでは結婚してはいけない »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より