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飯盛山に残るドイツとイタリアからの贈り物

 福島県会津若松市の飯盛山と言えば,白虎隊の若者たちが自刃した場所として有名である。

 甲子園で熱戦を繰り広げている高校球児と,命を絶つ決意を固めることができた同年代の少年たちの姿に「重なるもの」があるのを感じるのは私だけだろうか。

 今でも墓を訪れる人が多い。階段の横に動く歩道(大人250円)が設置されていて,高齢者でも山の上に上がることができる。

 墓のある場所には,日本のものではないことが明らかな碑がある。

 ナチスドイツやムッソリーニが白虎隊を讃えた証だと聞くと,ちょっと引いてしまうようなものだろう。

 戦後すぐにGHQが碑文を削ったりもしたそうだが,完全撤去には至らず,今日まで残されている。

 さすがに白虎隊の話を紹介している道徳の教科書はないだろうが,白虎隊の最期を伝えた飯沼貞吉だけでなく,遺体を弔った人々,会津藩で犠牲になった女性たちを霊を慰めるための碑をつくった山川健次郎(飯沼貞吉のいとこで,東京帝国大学総長などをつとめた)などの話を福島県の子どもたち(あるいは会津地方の子どもたち)は知っていることだろう。

 碑には,新政府軍が「西軍」と表記されているものがある。

 「西軍」によって再統一されてできたのが明治新国家である,という歴史のイメージを今でも持っている人がいるだろうか。

 また,白虎隊の精神を学んで戦死していったドイツやイタリアの若者はいたのだろうか。

 少々複雑な気持ちにさせられる話である。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より