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日曜日の河川敷

 日曜日の猛暑の昼の時間,河川敷の近くにある大きな図書館に予約図書を取りに行った。

 受け取り場所の指定を間違えてしまったため,直接取りに行く必要があった。

 河川敷では,強い日差しが照りつけるもとで,大人から子ども(小学生)まで,すべての面が使用されていた。

 女子野球も徐々に広がっているのか,野球チームで活躍する女子の人数が増えている気がした。

 学校なら,「活動停止」を決定するレベルの暑さだった(河川敷には,日陰もないのが特徴的)。

 それでも水分補給をしたり,大きめのパラソルを広げたりして,みんな頑張っていた。

 学校が管理する部活動以外にも,地域によっては多くの大人たちがサポートしているスポーツ団体がいくつかある。大会やリーグ戦も実施できる規模である。

 生涯スポーツが実施されている現場を見て,自分も草野球をしていた10年前までを思い出す。

 私が日曜日に部活動の練習試合を入れなかったのは,自分が草野球をするためである。

 50歳のときにスポーツで大きな怪我をして(その前の何年間かもほとんど運動はできていなかった),「もう終わり」と考えていたし,河川敷まで自転車をこぐ体力にも陰りが見えている状態で悲しくもあったが,まだ野球も指導の方はできる歳であることは確かである。

 学校の教員になりたい人がすごく少なくなってしまっている現実もあるが,どういう人に先生になってもらいたいか,子どもたちの姿を見ていると非常によくわかる。

 健康や体力増進の議論をしている人の中には,おそらくスポーツの世界に身を置いた経験がないままで「危険性」の話しかしない人が多いと思われる。

 「危険性」がないものは,スポーツに限らず,この世界にはないことがわかりつつも,自分が責任を負っている場で事故を起こしたくない人ばかりになれば,いずれスポーツができる場はどこにもなくなってしまう。学校の部活動は,現場の教師の力で残していくしかない。

 まずは,教員が学校で体を動かし健康増進が図れる機会を増やすことが大切か。

 これが対抗試合とか教員の大会までエスカレートすると,一部の「本物」たちだけの楽しみになってしまう。

 子どもに見せたい理想的な大人の姿を考えてみたい。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より