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部活動の追い風と向かい風

 国内やアジア,世界大会でのスポーツ選手の活躍は,子どもたちに大きな夢を与えてくれる。

 自らのスポーツ活動への大きな励みになってくれている。

 これが「追い風」である。

 しかし,今は強力な「向かい風」も吹いている。

 「働き方改革路線」「やる気のない教員」「練習日制限」の話ではなく, 

 「協会関係者」「指導者」のあり方に関する問題である。

 私の関係していたスポーツは,やたらと大きな金額の「上納」が求められており,その使いみちが不透明であることが大きな課題だった。今では改善されているのだろうが。

 「どういう人間が,アマチュアスポーツの競技の主導権を握っているか」ということは,今まで関心というか興味の対象外だった。

 しかし,いくつかのスポーツでほぼ同時に「アスリートファースト」ではない世界を知らされると,どうしても人間の汚い方の「欲」が垣間見えて,スポーツの爽快感を完全に打ち消してくれている。

 「オレ(ワタシ)が金メダルを取らせた」とふんぞり返る人は協会レベルにはいないだろうが,

 中学校レベルだと,そういう指導者がそれなりに存在する。

 教育現場では,それは「向かい風」だった。

 小学校では,実践を本にして出すことが一部で流行っているが,あれと同じである。

 日本では「穢れなく上に立つリーダー」が現れにくいのだろうか。日本以外でも同じなのだろうか。

 地区大会の1回戦も勝てないようなチームにも,「夢」を描いている子どもたちがいる。

 「穢れなき夢」を抱かせること自体が,有害なのだろうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より