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にほんのちぶが噴出した大学

 日本の大学のスポーツにおける恥部が噴出している大学がある。

 アマチュアスポーツ界での「有力者」「世界のカリスマ」も客員教授だったことには驚いた。

 よく「膿を出しきる」という言い方がされる場合があるが,問題とは無関係な人がほとんどである組織においては,気がついたときにまた問題がわき起こり,また忘れたことに出てくるという繰り返しが続くだけだろう。

 恥部は普通,隠すものだが,「見ないでおいてくれる」という安心感の行き着く先は,「裸の王様」であることがわかった。

 さて,恥部を抱えているのは,1つの大学に限った話ではない。

 今日,参加した学会が開かれた大学ではパワハラで有名になったし,

 すでに入試問題のミスでは頂点に近い国立大学ですら「危うい」ことがわかっている。

 スポーツ界に限ってみても,「頂点に立ちたい」と強く願い,それなりの実力がある人たちが集まるところでは,関係者以外から見れば,「パワハラ」以外の何物でもないような指導が行われるのは日常茶飯事だろう。

 部外者から見て「いじめ」だが,本人は直接的な「心の苦痛」を感じていなければ「いじめ」とは認定されない。

 それと同じようなことがスポーツ界では繰り返される。

 人格を否定されるような声をかけられるうちが,まだ見込みがあった,などという世界もさみしい。

 期待されない人だけがパワハラやセクハラを受けないですむような世界をどう変えたらよいか。

 「指導者」の資質能力が問われる時代になっている。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より