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アジア大会で日本が見せるべきもの

 アジア大会では3回連続の「不祥事」が続いている。

 世界大会ではない,ローカルな世界で,日本のトップ選手の「気の緩み」による問題が続発している状況である。

 スポーツの世界では,「ただ強いだけ」の国やチームは尊敬されないことは,よい素材を寄せ集めている高校野球のチームを見ていればよくわかる。

 アスリートにとって,たとえばオリンピック出場を狙っている選手にとって,たとえば卓球の世界では,インドではなくチェコで行われる大会を優先する態度は理解できなくもない。

 「こんなところに来て優勝しても,意味はない」と思う人がいるような大会は寂しいものである。

 そもそも世界レベルではないスポーツの選手が起こした問題の場合,あまり注目もされず,バッシングも弱いかもしれない。しかしN大の二の舞にはならない,という大号令のもと,徹底した「批判防止方針」は,どの組織でも徹底されてきたようで,スムーズな「謝罪会見」が増えてきている。こんな「会見」が得意になっても仕方がない。

 スポーツで活躍している人たちに対しては,「それくらいの息抜きはよいだろう」という空気があることも確かだろう。

 昔は,「高校野球のわずかな部員がタバコを吸ったくらいで,出場停止は重すぎる」という声もあった。

 日本はまだ「内向き」というか,「内輪の世界」「マイルール」の論理が通りやすい「自由」な国なのかもしれない。

 そういう「自由さ」をアジア諸国はどのように解釈するだろうか。

 「道徳観」というと,かなり安っぽく感じる。

 相撲界で行われた「研修」も,あくびをこらえて座っているだけでは意味がない。

 「倫理観」という言葉の方がしっくりくる人が増えるのはよいかもしれない。

 西洋哲学重視の「倫理」ではない,新しい教科「倫理」の創設でも考えてみたらどうだろうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より