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日本の学校と部活動の未来

 昨日だったか,池上彰さんの番組で,世界の人々が驚く「日本の学校の実態」が紹介されていた。

 学校ごとにプールが設置されている国は少ない。

 日本の学校には確かにプールは設置されているが,水道代が上がれば,やがて使用されなくなるだろう。
 
 学校の小規模化も進んでおり,「事故死が怖い」という管理職や教育委員会も増えて,「外部委託」が検討されるものの一つだろう。

 水泳の授業そのもののがなくなる可能性もある。

 海難事故があった韓国では,水泳指導に力を入れだしたらしい。

 生徒がトイレ掃除をする国も少ない。

 シンガポールはトイレ掃除を義務化したらしい。

 ただ,学校によっては(私立などの学校は)すでにトイレ掃除を専門の業者に委託しているところもある。

 公立学校も時間の問題のような気がする。

 教科書の無償配布が実施されている国は少ない。

 日本も憲法には「義務教育は無償」とされていたが,戦後しばらく教科書はタダではなかった。

 「お母さんたち」の運動が国を動かした経緯が番組で紹介されていた。

 教科書の大型化が進み,資料集のようになってしまって,やたらと重い。

 中学生でもリュックサック型の学校指定鞄が増えてきている。

 生徒が全員タブレットを持参するようになれば,紙の教科書は不要になる。

 その場合,教科書は他国と同じように「貸与型」か,廃止にしてもよいのだろうか。

 教員が部活動の面倒を見ている。

 部活動の指導ができる教師が少なくなっていることもあり,これもやがては廃止されるだろう。

 気温の上昇のため,夏休みの部活動は中止,なんてことになったら目も当てられない。

 教員をラクさせたいだけの人は,本気で中止させることを考えているが,

 生徒は監督がいなくても,場所を探して勝手に自分たちで動き出す。
 
 この方がはるかに危険なのだが,自分やその関係者が責任を問われることがなければよいのか?

 一方で,自分たちで体を動かす生徒も底をついたときは,日本の「終わり」が決定的になるだろう。

 日本には「留年」「落第」がない。

 海外から見ると,「よくそんな制度で子どもは勉強するね」とか,「できない子が可哀想」という感想がある。

 日本の教育の「国際化」「グルーバル化」「国際標準化」が進むと,何がよくなり,何が失われるのか?

 教育現場にいると,とにかくあらゆる方向から足を引っ張られている気がしてならない。

 政治の終わりは今に始まったことではないが,教育の終わりは本当の日本の「終わり」を予感させる。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より