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教育管理職や教師に求められる「火消し」の能力

 教育は,ナマの人間と人間のぶつかり合いである。

 綺麗事を垂らしていれば収入が得られる教育関係者もいれば,子どもと向き合ってお互いに心の血を流し合っている教師もいる。教育現場は,「戦場」である。

 ごく一部に,「自分は綺麗なままでいたい」と願う教師が出てくるが,すぐに辞めて,もっと「綺麗事ですむ」仕事についてもらった方がよい。

 教育現場の多忙感は,特に,「人間関係のトラブル」が発生しているとき,容易に臨界点を超えてくる。

 一番面倒臭いのが,子どもや保護者と揉める教師の存在である。

 「火消し」しなければならない周囲の教師や教育管理職の能力が問われる。

 もし本気で「揉め事が起きないようにする」のなら,その最高の危機管理法は「揉め事を起こしやすい人間を組織から外す」ことである。ただ,学校という狭い世界では,それも難しい。

 危機管理のポイントは,「大火事にならないようにすること」である。

 「火消し」の最大原則は,「相手の尊厳を傷つけないこと」に尽きる。

 ただ,そもそも「尊厳を傷つけること」で火がつくわけだから,鎮火するのは簡単ではない。

 どこかの大学のように,よくあるパターンは,「火を消すつもりがないのか?」と思えるような人間たちの言動である。

 「何がどうなっても,とにかく自分を守りたい」と思う人間がいるうちは,危機管理など不可能である。

 教育には,「犠牲」の精神が大事である。

 ほとんどの教師は,自分を「犠牲」にできる。

 それができない人間を現場に送り出すのは,だいたい決まって「同じ人間」である。

 自分の業績を書き立てて,「よく見せよう」とする努力を怠らない人間と,声の大きい人間の近くにはいない方がよい。人間は,美点よりも悪癖が伝染しやすい生き物である。

 教師は,自分の子どもとあまりかかわり過ぎない方が,子どものためである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より