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日本サッカーの「壁を越える力」

 セネガル戦には,大勢の日本人サポーターが駆けつけたということである。

 今大会の最大のツボは,初戦の開始早々,日本が得点を決めたことにある。

 しかし,ただラッキーなだけではなかったことが,セネガル戦で示されたと指摘する人が多い。

 2度リードされたが,どちらも追いついた日本チーム。

 試合内容としては,むしろ日本が勝っていたとセネガルのメディア関係者が語っていた。

 日本サッカーが本当に「壁を越えた」のかどうかは,ポーランド戦でわかるのだろう。

 得点がとれるパターンをしぼり,そのためのプレーをずっと狙っていたことが勝因にあるようだが,

 個人技よりもチームプレーに徹する,というスタイルが,あまり浸透しなかったのがサッカーというスポーツなのだろうか。

 私はスポーツとしてのサッカーにはほとんど興味がないから,どうしても試合後にゴミを拾う「日本人サポーターの美徳」なんていう記事に目が行ってしまう。別会場だったセネガルのサポーターも,同じようにゴミ拾いをしている姿が紹介されていた。

 ゴミを拾うために雇われている人の金も,俺たちが払ってるんだ,と言って片付けずに帰ってしまう人を責める気持ちはない。

 ただ,自分が汚した場所を自分で元通りにする,それが当たり前だ,という価値観が,学校の教員にはほしい。

 自分で乱し,崩した子ども集団を放り出して帰ってしまうような教員は,本当にいらない。

 働き方改革の意味を,もう一度考えてほしい。

 一部の教員には,自分のゴミを平気で他人に拾わせるような非道が見られる。

 残念ながら,今の教育現場の働き方改革には,「他人にゴミを拾わせる」ことへの異常な情熱を感じる。

 逆である。気づいたときにはもう遅いだろうが。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より