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地方の大学附属の子どもたちのコンプレックス

 地方の大学附属の授業を参観する機会が増えたが,授業での発言から,子どもたちが強烈なコンプレックスを抱えていることに気づかされた。

 「こんなド田舎の・・・」

 地方とはいっても,大学附属はそれなりの場所に立地している。

 東京に比べれば,交通の便のところばかりではないだろうが。

 私が先日訪れた学校は,駅から歩いて1時間かかった(途中に城もあったので,観光しながら歩いた)。

 その地方の中では「エリート」の子どもが通っているのが附属学校である。

 授業では,「エリート」としての誇りをくすずる教師の発言も飛び出し,子どもがそれによって「意欲」を引き出される,という「構図」を垣間見ることもできた。

 しかし,その強烈な裏返しだろうか。「どうせここは田舎だ」という意識は,「いずれここを出て行くに決まっている」という子どもを量産することになるのだろう。

 地方の大学附属が抱えるこの問題を解決するにはどうしたらよいか。

 地方にとってはほぼ共通の問題意識だろう。

 あと一つ,教員の問題も耳にした。

 若い教員が増えているのは,一般の公立学校だけの話ではない。

 附属学校には,公立の採用試験に合格できない人が入ってきているところがある。

 また,1校くらいしか公立を経験していない人が,附属学校に入ってきて,数年すると現場に戻される。

 これで附属学校が成り立つ理由はただ一つ。生徒が優秀だからである。

 その生徒たちは,地元に残らず(残れず)に,去って行く。

 地方の附属学校の存在意義とは何だろう?

 東京に人材を送り込むための装置なのだろうか。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より