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「社会通念上のいじめ」と「法令上のいじめ」

 社会通念上,教室でぐずぐずしていて,次の授業に遅れそうな子どもに対して,友人が「早くしろよ」とせかすことは,「いじめ」とは呼ばないはずであるが,せかされた子どもが苦痛を感じたら,「法令上のいじめ」に該当することになる。

 「いじめ防止」とは,「相手の心に苦痛を感じさせる行為の防止」であり,将来は,法律にのっとって,次のような「いじめ」を主張してくる子どもが出てくるかもしれない。

 私は,他の人より成績が劣っていることが苦痛である。

 授業中に,私が答えられなかった問いに対して,他の生徒が答えるのを聞くのは苦痛である。

 私はこうして「いじめ」を受けている。

 すべての生徒が,私よりも成績が下にならなければ,「いじめ」はなくならない。

 子どもを「いじめ」から守るための法律が,子ども全体を「ダメ」にしてしまう,という危険性を感じずにはいられない。

 道徳教育を受ければ受けるほど,真面目に生きていくのがバカらしくなる,という最悪の結果にならないための「手立て」が必要である。

*****************

 W杯で日本がコロンビアに勝利したことが,ある国にとっては「恥辱」と受け止められているようだ。

 特定の国が勝つと「自尊心が傷つけられる」という精神構造は理解できなくはないが,もう少し「大人」になってほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より