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中心選手を育成するために負け続ける勇気

 昔なら,巨人が最下位に落ちたことで文句を書きたくなったことだろうが,歳をとったせいか,少し違った感覚でいる。

 若い岡本選手を4番打者にすえて鍛えようとしている首脳に,今まで感じたことのない「期待感」を覚える。

 私が大学2年生で4番打者を任されたとき,他の大学のチームのキャプテンからかけてもらった言葉がはっきり記憶に残っている。

 「重たくないか」

 当時はまだ,実績が残せていなかったからか,4番でも甘い球をたくさん投げてきてくれて,打つことができたので,「そうでもありません」と答えてしまった。

 ただ,やがて,「本気で抑えにくるピッチャーの球」に苦労することとなった。

 プロ野球とは比較にならない大学野球の話だが,岡本選手が苦労しているのはよくわかる。

 4番でなければ打てた球がたくさんあるような気がする。

 「当てにいって凡打」を禁止されているのだろうか。

 大事な場面での見逃し三振が多い。

 ただ平然と見逃し三振ができるようにならないと,プロ野球の4番打者は務まらないのだろう。

 せめてAクラスに這い上がるための我慢だと割り切って観戦している。

 学校でも,若い教員に失敗の経験を積ませる「ゆとり」を管理職や先輩教師たちはもってほしいものである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より