ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 中1ギャップを考える前提としての小中ギャップ | トップページ | 『学び合い』とESBZ( the Evangelische Schule Berlin Zentrum )の違い »

「読み・書き」が十分でないから「話す・聞く」ができないだけ

 ある自治体の小学校英語で,「書く指導」を重視したら,英語が好きになる子どもが増えたという「実績」が上がっている。今後,「小学生の英語嫌い」を減らす上で,重要な鍵になる「実績」だろう。

 英語の「話す・聞く」ができないのは,「読み・書き」を十分に指導せずに,「話す・聞く」を重視する失敗を犯しているからではないか,という説得力の高い主張をしている人がいる。

 発音が異なれば,相手に伝わらない,という「緻密主義」の英語教育家たちには,ぜひ「伝える意思」「聞く努力」の大切さをバラエティ番組から学んでほしい。

 人間は,書かれたものを読んで理解できることを話し,正確な相手の意図をつかむために,話し方を「見る」ことも通して聞いて理解する生き物である。

 所謂「座学」「受け身の姿勢の授業」として「一斉授業」が批判されることがあるが,実はこの「一斉授業」こそ,「主体性を発揮できる重要な時間である」ことを認識し,行動している生徒が,どんどん優秀になっていくことに多くの教師は気づけないままである。

 もちろん,大学のセンセイが大きな講義室でやるような,下手くそな「一斉授業」ではダメである。

 センセイの話を「聞く」。

 板書を「写す」。

 その2つしかない授業なら,「本を読んで時間を過ごす方がまし」である。

 「一斉授業」では,「考える意味や価値があるどのような発問がなされるか」が鍵となる。

 その発問に答えるために必要な「教材」として教科書が主に使われるのだろうが,教科書は「答え」そのものが書かれてしまっている場合もあり,そういうときは「プリント」にして配布したり,映像をモニターなどに映す必要がある。

 「一斉授業」で生徒に伝えたいのは教師の「意図」である。

 わざわざ黒板に書かないとわからないような「意図」ではなく,聞いて理解してもらえるような「意図」はいくらでもある。それが伝わる「一斉授業」は,いくらでもアクティブなものになる。

 むしろ,「話し合い」をしているときの方が,アクティブにならない,という事例を突きつけないと,わからない人がいるかもしれないが,授業で失敗することが可能な教師には通じる話だろう。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 中1ギャップを考える前提としての小中ギャップ | トップページ | 『学び合い』とESBZ( the Evangelische Schule Berlin Zentrum )の違い »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「読み・書き」が十分でないから「話す・聞く」ができないだけ:

« 中1ギャップを考える前提としての小中ギャップ | トップページ | 『学び合い』とESBZ( the Evangelische Schule Berlin Zentrum )の違い »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より