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ペーパーテストだけで「評価」ができる「教科」はない

 地方の教員養成系の大学のセンセイが,「教科の評価」はペーパーテストで事足りると書いているので,ここで批判・・・ではなく,否定しておく。

 私は観点別学習状況の評価が適正に行われている学校は少数だと認識している。

 なぜなら,観点別学習状況の評価ができるような学習指導が行われていない学校が多いからである。

 だから「ペーパーテストで成績を決めればよい」というものではない。

 評価・評定は目標に準拠したものであり,ペーパーでは測定できない能力があるからだ。

 たとえば,「技能」の評価を「技能」が試される場面なしに行うことはできない。

 自動車教習所で,ペーパーテストだけで免許が取れるようになることはないのと同じである。

 私が2つ目に勤務した学校では,3月で異動した理科の教員は,「実験」をしたことがなかったということだ。

 理由は,「危険だから」。

 私と一緒に4月に異動してきた教員は驚いた。実験器具がない。薬品がない。実験室が『開かずの間』になっていた。

 公立学校には,「この世のものとは思えない学校」が普通に存在する。

 そういう学校をつくる教師を送り出している大学は,どこにあるのかと疑問に思う。

 大学のセンセイが「ペーパーでよい」と指導しているなら,指導要録をまともにつくれる教員は現場に入ってこない。

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コメント

初めてこのサイトを見ましたが、なんで教師に「壊れてもよい覚悟」を求めるんですか。
我々教師だって幸福追求権を持つ人間ですよ。教師には人権がないとでも?
夜の11時まで生徒のために尽くしたって、暴言吐かれるのが関の山なんですよ。だいたい「暴言なんて吐かれる方が悪い」で片付けられる。
私は壊れたくありません。履き違えている上の世代が多すぎる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より