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定員割れの大学の「危機管理学部」教授の手腕が問われる

 マスコミでのニュースの扱いは,どうしても「公正中立」には見えにくい。

 疑いが晴れるまで,疑われている人は「悪人」として扱われる傾向にあることを,裁判における「被告人」との違いに着目させてその意味を考えさせることがある。

 ある雑誌では,国会等で話題になり,「認知度」自体は非常に高い学園の系列大学の「不人気ぶり」が紹介されている。

 「危機管理学部」というものがあるようだが,定員の半分以下しか学生が集まらなかったらしい。

 これは「風評被害」扱いになるのだろうか。

 理系の大学だから,「経営」の危機管理とは無縁なのだろうが,自分の存在自体が危機に陥っても,動物たちの安全を守ろうとする気概がある人たちは尊敬に値する。

 大学というのは,「看板」と中身が一致しにくいところである。

 「社会科教育」を教えている先生が,実は特定の学問分野の極めて限られた分野の専門家であったりする。

 「古代史」を学ぼうとしたら,8世紀の講義しかなかった,というケースもあるだろう。

 私のいた高校では,「世界史」の授業で古代ローマ史をずーっとやっていた人がいたらしい。

 「社会学科」で学ぼうとした学生が,自分の専門の研究成果の発表に過ぎない講師の講義に飽きて「社会学」自体への興味を失ってしまうのも,「文系大学」の弱みと言える。

 理系がそんなに素晴しいのかと言えば,中国の北京大学では,学長が「常識のない人だった」ことがばれて,話題になっていたらしい。理系のその学長は,「鴻鵠」という文字を正しく読めなかった。理由は,文革で勉強をさせてもらえなかった,ということらしい。

 どの国でも,「危機管理」の専門家は必要なのだろうが,「危機管理」自体の危機に対処できないというのは,「真理とは何か」を言葉で考えて言葉で答えを出すことはできない,とする哲学者の言葉を思い起こさせてくれる話であった。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より