ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« インチキ教育論の自爆ネタ | トップページ | 一人だけで「一人も見捨てない」ことの重さ »

広告を撤去してほしい大学名

 スポーツマンシップのかけらもないプレーを見せた,某大学のアメフト選手。

 ネットでは「殺人タックル」などと呼ばれ,犯罪的行為として扱われるレベルだと断罪する声もある。

 一方,「上からの指示がなければ,あんなことはしない」という声もある。

 この大学,東京ドームなどテレビ放映される野球場などに大々的な宣伝を打っている。

 吐き気がして大好きな野球も見る気がなくなってしまうので,ぜひもう広告は自粛してほしい。

 ああいうプレーを見て,実は私も率いているチームのメンバーが敵チームに迷惑をかけ,

 申し訳ないというか,もう試合はしない方がよいと考えることが過去に多々あった。

 種目も様々で,わざとではないディフェンスの行為が非常に危険で,大ケガを引き起こさないとも言えないケースがある。特に相手が空中にいる状態で後ろからぶつかるという競技が下手な人間ならではのプレーである。

 スポーツは,自分がケガをしてから本当の理解が始まると言ってもいいかもしれない。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« インチキ教育論の自爆ネタ | トップページ | 一人だけで「一人も見捨てない」ことの重さ »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 広告を撤去してほしい大学名:

« インチキ教育論の自爆ネタ | トップページ | 一人だけで「一人も見捨てない」ことの重さ »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より