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再任用校長の「何でも言える」境遇が素晴しい

 定年退職した後も,校長を続ける人がたくさんいる。

 その数は本当に驚くほどである。

 副校長をみんな昇任させてしまうと,副校長が足りなくなるからだろうか。

 私は,再任用制度に反対はしないが,給料が低いのに責任は同じという立場が気の毒でならない。

 一方,再任用校長の中には,自分の希望というより,教育委員会からの「お願い」で続けている人もいるらしい。

 そういう立場からかどうかは分からないが,とても「口が軽くなる」人がいる。

 私の妻が小学校の保護者会に出席し,聞いてきた話が興味深い。

 ほとんど「愚痴」である。

 その対象は,大きく分けて2つある。

 1つは,新学習指導要領への移行措置に対する不満。

 もう1つは,「働き方改革」の流れからか,長時間労働をなくす,という号令がかかっているようで,

 帰宅時間を午後5時台にする,という目標を掲げているらしいのだが,

 (そのおかけで)「先生方は朝,5時台に来て仕事を始めている」とのことだ。

 12時間近い職場での拘束時間というのは,学校の常識であることがよくわかる。

 小学校の「登校班」への教師の付き添いの廃止なども決まったそうだ。

 「いつ辞めてもいい校長」の今後の「広報活動」に注目しておきたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より