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教員の「働き方改革」騒ぎでモチベーションを下げる罪

 たとえば中学校の教員には,45分の休憩時間を自由にとる余裕はない。

 給食指導から生活指導,ときには清掃が入ったり,授業の準備をしたり,提出物のチェックをしたり,プリントを印刷したり,行事の打ち合わせをしたり,分掌の小さい会議があったり,部活動関係で外部と連絡を取り合ったりしているうちに,午後の授業が始まる。

 いかにも「忙しい」雰囲気が出てしまう時間帯であるが,生徒が自由に相談したり質問したりできる時間も昼休みに限られるため,良き教師は「忙しそう」にしない。

 緊急の事故や厄介な生活指導が入らない限り,生徒の声に耳を傾けるのが教師の義務だろう。

 「働き方改革」を事務方の発想で行うと,必ず「他人をこき使えばよい」という話になる。

 こういう発想の「改革」は目障りでしかない。

 成果は,「学校にいる時間の短縮」に過ぎない結果になるのは,目に見えている。

 行き帰りの荷物が重くなって,疲労度の方が増えるばかりだろう。

 
 一度,教育学部の大学生などに,どんな業務をどのくらいの手際よさで教師が片付けているかを調査してもらえるとありがたい。30人教師がいる学校なら,30人の大学生が必要である。

 意外なデータが出てくるかもしれない。大学生にとって,

 「中学校教師の仕事は,たかが知れている」と思える結果になるかもしれないし,

 「こんな仕事は自分には無理だ」と驚く結果になるかもしれない。

 あとは教師は何を見ているか,というデータの集積である。

 授業中の教師の目の先にあるものを,細かく分析するような暇な仕事は,大学のセンセイにしかできないだろう。

 生徒と黒板と教科書と窓の外。難しいのは生徒の場合である。

 全体を見ているようで,個人の動きを見ている場合もあるし,

 個人の動きを見ながら,全体を把握しているかもしれない。

 ただ,できるだけ「どこ」を見ているかを調べてもらえると,自分では気づけない「無駄」や「無為」を探り出せるかもしれない。

 一時期,ビデオを撮影してそれを分析するという時間が有り余っている人の仕事を見たことがあるが,実は目の動きというのは非常に早く,メモでは追いつけないことがわかる。

 それでも「何を見ているか」を探ろうとする努力を,一度,してみてほしい。

 勤務の実態は,そういうところで把握すべきである。

 時間が長いとか短いではなく,「何をどのくらいの時間,見ているか」で。

 調査のときだけ真面目にやる人ですら,驚くべき結果が出てくると思われる。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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