ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教員の「働き方改革」騒ぎでモチベーションを下げる罪 | トップページ | 救命より伝統を大切にする相撲の世界の先行き »

「学級牢獄」の生活が始まる子どもたちへ

 教育を子どもたちにとって,気づいてはいけないことは,

 「自分たちにとって当たり前のことが,他の国(地域,学校)ではそうではない」

 という現実である。

 家庭の場合は,「自分の家庭とみんな同じような生活だろう」とは思わない。

 ある友達はお父さんがいないとか,いるけど実の父ではないとか,もっと裕福だろうとか。

 それに比べて「学級」は,どこでも似たようなものだと思っている中学生が多いのではなかろうか。

 先生がちょっと怖いとか,甘いとか,だかしないとか,暗いとか,ハイな感じとか,その程度の違いであって,黒板はあるし,机と椅子はほぼ同じようなサイズだし,ペラペラの上履きだってみんな同じで・・・。
 
 スポーツな得意な子がいて,勉強ができる子がいて,それぞれそうでないタイプもいて,友達が多い子がいて,実はLINEでつながっているだけで友達はいない子がいて・・・。

 日本における「違い」とか「個性」などは,その程度の幅しかないということは,よくよく考えると実はとても気味が悪いものだとは思わないだろうか。

 授業中に無断で教室から出て行こうとすれば,必ず呼び止められる。

 遅れて教室に入ってくれば,事情を聴かれるか,聴かれずにただ怒られるか。

 「学級活動」のあり方を示してくれる「教科書」はない。

 しかし,教師は「指導書」=学習指導要領の解説を持っている。

 小学校における「特別活動」の「学級活動」には,

 (1) 学級や学校における生活づくりへの参画
 (2) 日常の生活や学習への適応と自己の成長及び健康安全
 (3) 一人一人のキャリア形成と自己実現

 という3つの「内容」がある。

 学級とはどのような能力を身に付ける場所なのか,ピンと来るだろうか。

 (3)の項目は3つあり,

  ア 現在や将来に希望や目標をもって生きる意欲や態度の形成
  イ 社会参画意識の醸成や働くことの意義の理解
  ウ 主体的な学習態度の形成と学校図書館等の活用

 を教師は意図的・計画的に指導してくる。

 それが「指導」に値するものなのかどうか。

 ただ言いつけやルールに従っているだけなのかどうか。

 「主体性」とは何か。

 学級が「自己実現の場」なのか,「牢獄」「監獄」に過ぎないかを判断する基準はそこにある。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 教員の「働き方改革」騒ぎでモチベーションを下げる罪 | トップページ | 救命より伝統を大切にする相撲の世界の先行き »

教育」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「学級牢獄」の生活が始まる子どもたちへ:

« 教員の「働き方改革」騒ぎでモチベーションを下げる罪 | トップページ | 救命より伝統を大切にする相撲の世界の先行き »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より