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「暗記型か思考型か」などという幼稚な比較をしているうちは,まともな教育はできない

 暗記だけ,思考だけという教育はあり得ません。

 暗記はなし,思考はする,という教育も不可能です。

 暗記ばかりで思考の場面がない,という批判があっての教育改革なのでしょうが,「させられる思考」「型にはまった思考」では意味がないので,「思考」の質も大いに問われる必要があります。

 歴史教育では,過去の出来事を主な題材としているために,だれでも「流れ」をつかむことができます。

 「流れ」のつかみ型は多種多様で,人物の決断に焦点をあてた場合,対外関係に焦点を絞った場合,経済活動との関連を重視した場合など,切り取り型によって多くのストーリーが語れるわけです。

 単純に「暗記」していたことが生かされる場合もあるし,死んだまま眠る場合もありますが,「暗記」したことがストーリーだった場合,後で別のストーリーとの類似性や相違点が見つかると,そこで「生きた知識」として活用されることになる。

 知識も何もない場所では,「思考」に生かせるものは何もないわけです。

 新しい学習指導要領風に言えば,「見方・考え方」を働かせるための「場」が必要で,それは「教科書の内容」でもいいし,教師が提示する資料でも,あるいは子どもが主体的に探してくるものでもかまわない。

 暗記型だけの学習をしたとしても,どこかでそれを活用する方法を知ることで,「思考」のための材料に変えることができますから,新しい入試では,「暗記したことを,自分なりの指標で整理し直す力」を測定する,という制度設計をすることが考えられます。

 学校でもし「自分なりの指標で整理する」時間をとってしまうと,インプットできる情報が減りますから,できあがりの質も落ちるでしょう。

 ですから学校教育には「多くを求めない」ことが,最終的には成功に結びつくのかもしれません。

 塾産業は,「量で勝つ」という「成功方程式」で合格を約束することで経営が成り立っています。

 総合的な学習の時間が趣旨通りに実施されていない学校で,「見方・考え方」を働かせる学習を保障するのは不可能でしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より