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主権者激怒教育のモデル

 決裁文書書き換え問題のように,信用失墜によって法治国家としてのメンツを丸潰れにし,官僚が「はきちがえた忠誠心」をもっていることを白日の下にさらす事件は,主権者を激怒させるきっかけにはなるが,教育の面からすると,「そんな人間でも国家の中枢を担える」「国家の中枢に入れば,そういうことをさせられることになる」「バレないだけで,いくらでも同じようなインチキが行われているのだろう」という哀しい認識を醸成させていくことになる。

 学校でわずかな時間だけ,「主権者教育」をしている教師の中には,バカらしくてやってられない,と呆れかえる人も多いだろう。

 省庁のトップが責任を取ろうとしないその姿勢も,主権者を激怒させる原因の一つである。

 行政のトップも同様である。

 報道でもあるように,ことの発端は国会における首相の不用意な一言に尽きる。

 行政マンたちが,「関係があったのなら,職を辞する」というコメントの「関係」を拡大解釈して,安全策をとったつもりが,「やってはならないこと」「あってはならないこと」など,文書の世界にはない,という「常識」を大宣伝することになったのである。

 教育現場には,「これでもか」というレベルのインパクトの強い「道徳教材」がある。

 模擬選挙などやっている場合ではない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より