子どもを幸せにする教師が否定される時代
ひどい時代になったものです。
教師も「幸せ」にならないといけない。
それは個人的な意味で。
「子どもの幸せ」を願って必死に現場で戦っている教師からカネを巻き上げているのは,いったいどういう人間たちなのか。
今まで,まともな教師たちが,子どもたちの幸せを願って仕事をしてきたから,今程度で収まっているのです。
一部の問題教師たちが起こすトラブルも,だれがフォローしているのかと言えば,
子どもたちの幸せのために身を投げ出せる教師たちなのです。
家で嫌がる我が子と戯れることが楽しみだという人間の,教育を語る言葉には,耳を疑いたくなります。
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