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教育の「効率」は何で測定する?

 新学習指導要領関係の説明にやって来る講師の評判がよろしくない。

 やっと「順番が回ってきた」人たちだから,もう少し練度が高まるのを待つという方針もあろうが,

 たぶん今のままではダメである。その理由は詰まるところ,

 自分の頭で考えて出てきたものではない教育を「語らされている」からである。

 ころころと所属の大学を変えているある人は,よく講演に呼ばれているが,内容のほぼすべてが断片的な他人の言葉の羅列に過ぎず,聴いている側はカタログを広げられているに過ぎない。そういうものだと理解すれば,別に腹も立てずにすむが,要は「専門ではないことを語らされるときはこうなる」という典型の一つなのである。

 講師にとっては「効率」がよい仕事だが,聞く側にとってはどうだろうか。

 もともと実力のある人しか集まらない研究会では,「自分の言葉」でしか語らない人しか呼ばれない。

 「効率」をそれほど重視しない人たちは,内容の重さを知っている。

 残念なことだが,今後,教育の世界に新しい無意味な尺度がどんどん入ってくるだろう。

 「働き方改革」まっしぐらだから,「効率」がよい候補である。

 「効率的な授業」「効率的な教育」「効率的な事務処理」・・・・・しまいには,「効率的な生活指導」・・・

 まともな教師なら嘔吐感すら覚える暗い未来が待っている。

 「効率的な教材準備」とは何か?

 実験をせずに実験器具の使い方や注意事項を理解させることが,「効率的」なのか?

 生徒に生徒を教えさせることが「効率的」なのか?

 まさか児童生徒を「使役動物」のように利用する授業方法まで提案されるとは。

 教育に「効率」の概念を落とし込むことができるから,ダメになっているものがたくさんあることを現場の教師は散々味わわされてきたはずである。小学校の教師は,1分1秒に追われる中学校の生活を1週間だけ体験してみてほしい。時間を「効率」よく使うために,1度にいくつのことを同時進行していなければならないか。

 しかし,「手抜き」が「効率」という価値に置き換えられたことでますます自分の責任を果たそうとしなくなる教師が増えていくに違いない。子どもまで「使役」の対象にするくらいだから,学級王国は王様にとってさぞ過ごしやすい世界になっていくだろう。

 「効率」は何を何で割った数字か。成績上昇率と時間か。そもそも仕事に労力をかけない人間に,効率も何もあったものではない。
 
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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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