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教員養成の質の向上と優秀な教員志望者の減少の因果関係

 行政は,自分たちにとって都合の悪い情報は開示しません。

 文科省の「口裏合わせ」や「想定問答集」に見られたように,嘘をつくのが前提で動く組織もあります。

 隠されたり嘘をつかれたりするので,データはあてになりません。

 政治家が「エビデンス」を連呼するようになったのは,自分が嘘をつきやすくするためと,部下たちがマニュアルに従って嘘をつきやすくするためであるように思います。

 ただ,「エビデンス」などなくても,実態を見るだけで,優れた資質能力を備えた教員志望者が減少していることがわかります。

 教育職員免許法の改正によって,優れた資質能力を備え,高い学力をもった学生が集まる大学で,教員志望者が減少していくことが危惧されています。大学によっては,教職課程を放棄せざるを得ないところも出てくるでしょう。

 自分の専門分野と,教職課程の履修が両立し得ないカリキュラムになっている非教員養成系国立大学もあります。

 これでは,そもそも教職課程を置いておく意味がありません。

 あまり学力が高くない学生が多い大学の教職課程を担当している先生に聞いたことがあるのは,「まず採用試験に合格できない」ということです。

 そうすると,こういう大学でも,教職課程を置いておく意味も感じられない。

 では,改正された法律に基づく新カリキュラムで履修した学生は,優秀な教員になれるのか?

 制度設計の前提から間違っていると考えざるを得ません。

 採用試験の倍率が低ければ,新カリキュラムで優秀な成績を取ったわけではない学生も大量に合格してしまう恐れがあるのです。

 採用試験の倍率が下がる可能性がある制度のあり方が,まず前提として大問題なのです。

 以上の考えは,「内外教育」1月16日号の巻末に掲載されていたコラムの趣旨とほぼ同じです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より