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部活動の思い出語り

 部活動と一言で表現しても,その内実は千差万別。

 運動部で言えば,強いか弱いか(強くしようとしているか),

 吹奏楽部などのコンクールがある部活動なら,賞をねらっているかどうかでも,中身は全く異なったものかもしれない。

 指導者が名を知られている人がどうか,生徒のリーダーシップが発揮できる学校かどうか,

 保護者がどれくらい熱心か,などなど,同じ自治体にある学校を見渡しても,全く様相が異なっていたりする。

 私の初任校は,月曜日の1時間目の道徳の時間が,全校の朝礼が長引き,部活動の表彰で終わってしまうことがあるほどの「部活学校」だった。表彰状やカップの置き場に苦労するという有様で,区の優勝程度だと,教科の準備室に無造作に放置されていたりする。この学校のすごいところは,たとえばバスケットボール部は週に2回しか体育館が使えない(うち1回は半面のみ)のに,ブロック大会でも優勝ができるチームがつくれるところにあった。しかも,私は休日に練習試合を入れないため,もし強豪校並みに強いチームと練習試合を重ねていたら,東京都や関東の大会も狙えたかもしれない。・・・が,顧問の私が気むずかしかったために,ミニバスで技術だけあるような選手はレギュラーにはなれなかった。

 狭いグラウンドをシェアしてノック練習をしている野球部を横目で見ながら,バスケット部はひたすら走らされていた。「スタミナだけは,どんなチームにも負けない」というのがスローガンだったが,よく選手たちはやめずについてきたものである。数年おきに学年同窓会で集まるたびに,感謝される言葉は「あのときに鍛えられた精神力があるおかげで今がある」という,漫画のような世界にいるのである。

 私は大学で野球部に所属していたから,野球部を任されるのが当然,と思い上がっていたが,結局,1校目では野球部の顧問にはなれなかった。絶対に顧問を譲らない,頑固な先生がいたのである。

 私のような人間が語る「部活動」など,何の参考にもならないだろう。

 どこにでもあるような話でもあるし,どこにもない話でもある。

 「絶対に恨んでいる子どもたちがたくさんいる」という後悔しかないような指導をしてしまったが,それはもう取り返しがつかない。私に謝らせるために,毎回呼んでいるようなものだろう,と思っている。

 教え子たちには,卒業してからも教えられることが多い。

 私は,期待をかける生徒と,そうではない生徒がいた。

 しかしなぜか,期待をかけていなかった(と思われる)生徒たちが,よく私に感謝の言葉を述べてくれる。

 その後の意外な成長や活躍に,本当に意外だから驚かされる。

 教育というのは,狙い通りにはいかないものである。自分が決めゼリフを吐いた後に,しっかりとその言葉を受け止めてほしい生徒はすぐに忘れてしまい,あまり気にかけていなかった生徒が聞いていて覚えてくれるものだと思い知らされる。そのとき「本気を出している」ように見えなかった生徒の方が,実は成長しやすかった,なんていう「教訓」は,普通の教師生活にも役に立っている。

 教員7年目の2校目で初めて野球部を持ったときは,嬉しかったが,部活動に熱を入れる余裕がない荒れた中学校だった。幸いにも,2年目に部活動ができる学校に変えることができたが,そのために小学校6年生たちをグラウンドに呼んで一緒に野球をしたりした。ほぼ全員背が低くて,明らかに他校より体格が劣っているチームだったが,強豪校を苦しませることがあった。それでも,高校や大学の野球の世界と,中学校の部活動という教育の場には天と地ほどの違いがあることで,自分の方が苦しまされた。休日に練習試合を入れないという方針は同じだったが,ゲームで養うべき勘が野球には多すぎた(おそらくバスケットボールでも同じだったろうが,強いチームだと,大会の試合を消化している過程でその勘は磨かれていった)。練習ではしないミスが,試合で出てしまう。

 練習試合を休日に入れるべきかどうか。自分は入れなかったが,そのために「勝つ」という経験ができずにもったいない思いをする子どもたちがいたことは,ほぼ確かなことである。

 では,練習試合だけ,だれかに引率と指導を頼めたら,どうか。気になってしまって,結局,試合に行ってしまっただろう(休日は,自分が草野球をするために練習試合を入れなかった)。

 私からすれば,部活動の外部委託は論外であるのだが,たとえばいいチームを育てた顧問が異動し,次の持ち手がいないために廃部になったりする場合は,外部委託の制度があるのなら,利用させてあげたいと思う。

 ただ,顧問が交代したとたんに「チーム」が実質的に死滅してしまう事態も起こりうる。
 
 部活動というのは,それだけ「繊細」なものである。

 教育はもともと「繊細」なものなのだが,「お前たちが大変なら,金を使って助けてやるよ」と言ってくるような無神経さと同居できる教師とできない教師がいることは理解しておいてもらいたい。

*********************

 あるブログで,「毎年必ず3年生をレギュラーから外す」という指導法への疑念が語られていた。

 私は,これを読んで,「毎年必ず2年生をレギュラーに入れておく」という方針のことかと予想した。

 特に大きな大会への出場経験は,次のチームの柱となる資質を育ててくれる可能性がある。

 もちろん,3年生の代わりにレギュラーになる2年生の実力が確かなものである必要はある。

 下手な下級生を出して試合に負けては元も子もないのである。

 どうでもいい話だが,私も都大会の最終回で,3年生の代わりに2年生を代打に送った。

 センター前にヒットを打って,3年生のためにチャンスを作ってくれた。

 都大会での経験や活躍ができたことで,この2年生は次の代の中心選手となった。

 部活動の大会には,「次の代につなぐための采配」というものがあり得ることを記しておいた。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より