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部活動の扱いの迷走~学習指導要領総則編から~

 まず,現行の学習指導要領総則編から,「部活動の意義と留意点等」を確認しておく。

第5節 教育課程実施上の配慮事項 13 部活動の意義と留意点等

 (13) 生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際,地域や学校の実態に応じ,地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること。

 実は,平成10年版では,クラブ活動との関連で言及がなされていた記述がなくなっていた「部活動」である。

 平成20年版では,上記にように示された。

 しかし,平成29年版=次期学習指導要領では,

 「教育課程外の学校教育活動と教育課程との関連」という項目の中でふれられることになった。

教育課程外の学校教育活動と教育課程の関連が図られるように留意するものとする。特に,生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化,科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等,学校教育が目指す資質・能力の育成に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際,学校や地域の実態に応じ,地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行い,持続可能な運営体制が整えられるようにするものとする。

 現行でも次期学習指導要領でも,部活動の「完全外部委託」があり得ないことは明らかである。

 実際に,地域のテニススクールに通っている小中学生は多いと思われるが,学習塾と同じで,子どもが勝手に通っているだけで,「学校との連携」があるわけではない。下手に商業スクールが学校に入ってくれば,「勧誘」が進められることが容易に予想できる。

 さて,解説の文章に目を向けると,部活動の意義(このタイトルは消えたが)が現行よりも詳しく示されている。

中学生の時期は,生徒自身の興味・関心に応じて,教育課程外の学校教育活動や地域の教育活動など,生徒による自主的・自発的な活動が多様化していく段階にある。少子化や核家族化が進む中にあって,中学生が学校外の様々な活動に参加することは,ともすれば学校生活にとどまりがちな生徒の生活の場を地域社会に広げ,幅広い視野に立って自らのキャリア形成を考える機会となることも期待される。このような教育課程外の様々な教育活動を教育課程と関連付けることは,生徒が多様な学びや経験をする場や自らの興味・関心を深く追究する機会などの充実につながる

 特に,学校教育の一環として行われる部活動は,異年齢との交流の中で,生徒同士や教員と生徒等の人間関係の構築を図ったり,生徒自身が活動を通して自己肯定感を高めたりするなど,その教育的意義が高いことも指摘されている。

 そうした教育的意義が部活動の充実の中のみで図られるのではなく,例えば,運動部の活動において保健体育科の指導との関連を図り,競技を「すること」のみならず,「みる,支える,知る」といった視点からスポーツに関する科学的知見やスポーツとの多様な関わり方及びスポーツがもつ様々な良さを実感しながら,自己の適性等に応じて,生涯にわたるスポーツとの豊かな関わり方を学ぶなど,教育課程外で行われる部活動と教育課程内の活動との関連を図る中で,その教育効果が発揮されることが重要である。

 下線部に注目しながら,教育課程全体との関連で「部活動」の意義を簡単に述べるとすると,「主体的・対話的・多様な人間関係の中で・深い学びができる」場である。

 「部活動の指導ができない」と言っている教員がいたとしたら,人事考課に直接影響することになる。

 なお,次期学習指導要領解説編では,「部活動」の課題を棚上げしているわけではない。

③ 一定規模の地域単位で運営を支える体制を構築していくことが長期的には不可欠であることから,設置者等と連携しながら,学校や地域の実態に応じ,教員の勤務負担軽減の観点も考慮しつつ,部活動指導員等のスポーツや文化及び科学等にわたる指導者や地域の人々の協力,体育館や公民館などの社会教育施設や地域のスポーツクラブといった社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うこと,をそれぞれ規定している。

 各学校が部活動を実施するに当たっては,本項を踏まえ,生徒が参加しやすいように実施形態などを工夫するとともに,生徒の生活全体を見渡して休養日や活動時間を適切に設定するなど生徒のバランスのとれた生活や成長に配慮することが必要である。また,文部科学省が実施した教員の勤務実態調査の結果では,中学校教諭の部活動に係る土日の活動時間が長時間勤務の要因の一つとなっており,その適切な実施の在り方を検討していく必要がある。なお,先述の教員勤務実態調査の結果を踏まえ,平成 29 年6月 22 日に文部科学大臣が中央審議会に教員の働き方改革に向けた総合的な方策の検討について諮問した。

 さらに,スポーツ庁では運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン作成の検討を行っているところであり,こうした議論についても注視する必要がある。

 ガイドライン作成が困難を極めることが想像できるのは,「部活動」と一言で表現しても,スポーツの種類によって全く内実が異なるからである。それでも,「これ以上はやり過ぎ」というラインは引くべきだろう。

 先に述べたように,私は土日の練習試合をほとんど実施しなかった。自分が草野球をやっていたからである。

 子どもたちは,自主的に地域の体育館に集まって活動をしていたらしい。

 ただ,体育館で怪我をした場合,学校が責任をとれなかったのは気の毒のような気もする。

 まずは「実態把握」が欠かせない,ということだろうか。

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  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
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  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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