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部活動のことを何もご存じないド素人さんはどなた?

 教育の世界にどんなに長くいても,他校種のことはほとんど何もわからないものです。

 肌感覚から何からが,全く違うので。日本人ていうのは,同質性が高いとか言いますが,

 小学校と中学校なんて,異質すぎて,小中一貫校などは破綻状態のところばかりでしょう。

 というより,破綻しているから小中一貫校になってしまうのですが。

 同じ自治体の同じ校種でも,他校に移れば何もかもが「違っている」ことに気づくほどの場所が,

 「学校」というところなのです。

 小学校の場合は,隣のクラスに入るだけで,「違う学校」に来たのかと驚くこともできるでしょう。

 そういう教育に関する話題で,部活動ほど,「何も知らない人たちが本当に多い」と思わざるを得ないものはありません。

 ときどき,「部活動の外部委託」みたいな話が出ますね。

 「そうなるといいなあ」と思っている先生たちがいることは,理解できます。

 今は,中学校,高校,大学のころに熱心に運動部や体育会活動をしていた人は,教員採用試験に合格できないのでしょう。放課後は塾で真面目に勉強していた人たちにとっては,学校の教師になったら,びっくり仰天でしょうね。授業中はほとんど寝ている子どもたちが,生き生きと部活動に取り組んでいる。「こんなのおかしいっ!」ていうことになる。

 学校現場としては,今までは若いのが頼りだったのに,こんなのばっかりになれば,いよいよ部をつぶし,新入生に逃げられて,規模を小さくして,どうにか「部活が命」でいる教師を異動させることができる,でもいずれ廃校になる,なんていう悪循環から抜け出せないでいます。

 もちろん,部活動を熱心に指導している若い先生たちも多いのでしょうが,こういう人たちが学校で孤立しているんじゃないかと心配になっています。・・・どうしてか?

 何か,態度がでかいんですよね。若い顧問の先生たちの。

 専門委員を30年もやっているとか,そういう人たちが偉そうにしているんならわかるんですが・・・。

 縮こまって逆に頭をたくさん下げているのは,いかにも引率だけ,責任を持たされてやって来ました,審判はできません,っていう年配の先生たち。

 こういう状態っていうのは,若い熱心な部活動の顧問の先生たちが,現場で浮き上がってしまっている証拠なんじゃないかと,気になります。手塩にかけて育てた生徒とは別れたくない,しかし,「お前出て行け」というオーラを全身で浴びて,いずらくなっていくジレンマがあるのでは・・・。

 さて,話題は「部活動の外部委託」。

 私は,小学校の英語の指導など,授業の外部委託ならいくらでもできる(実際に,公立中で教え始めた塾の先生がいましたからね)と思うんですが,無免許運転をOKにしたら,そもそも免許更新制度なんて必要ない(今もそうですが,むしろ教員免許そのものの意味がなくなる)いうことになりかねない。

 特別の教科になった道徳など,無免許なんですがいいのでしょうか?という話。

 部活動の指導には,免許は不要だから,というのが行政の判断でしょう。

 でも,部活動だけは,どう考えても,アウトです。もちろん,成功事例なんて,いくらでもつくれますね。しかし,1%にも満たない学校の成功を示したところで,それが99%の学校でも同じようにできるとは限らない。成功事例になるはずだったけどダメだったところは闇に葬り去られる。教育の世界では,失敗事例を堂々と認めて失敗事例として公開する慣習がないのです。だから,今の学習指導要領と同じで,失敗しているのに,成功していることにして,現場の苦労だけが増えていく。

 部活動の外部委託が本決まりになったら,どうなるか。

 中学校の教頭,副校長の先生方と同じ苦労をしたがる人がいるとしたら,転職した方がもっと充実したいい仕事がいくらでもできますよ。

 「学校が大変」と聞くと,外部の人間を入れれば楽になる,という発想の人がいるとしたら,これ以上のド素人はいません。

 野球部,サッカー部,陸上部,水泳部,剣道部,柔道部,テニス部,バスケットボール部,バレー部,バドミントン部,卓球部,吹奏楽部,合唱部がある中学校で,それぞれに指導ができる専門家が集められるのであれば(その仮定?がそもそも誤っているわけですが),有名な指導者がいるところにドーッと雪崩を打って新入生が集まっていくことになります。ただでいい先生に習えるんだから。

 どのくらいの権限が与えられるのかわかりませんが,「完全委託」じゃないと意味がないですから,誰をレギュラーにするかとか,ペアをどうするかも,「外部」の人たちが権限を握ることになるのでしょう。練習試合も,「遠征」が増えるかもしれません。強い部活動の年間の遠征費用を聞いたら,皆さん驚かれるでしょうね・・・。怪我,喧嘩,いじめなどのトラブルも,委託された人たちが責任を持つのでしょう。

 すごい世界が待っているような気がしますね。

 今でも十分,すごい世界なのですが。だから「委託」という蜘蛛の糸が垂れ下がってきているわけです。

 そのすごい世界の中に,自分自身がいる,という自覚を持っている中学校教師が,だんだん減っていく,という現実を見極めなければなりません。

 なかなか本題に入れませんでした。

 「部活動の外部委託」なんて,教師の余計な仕事がどれくらい増えるかを試算できる人をまず近くにおくことを行政は考えるべきでしょう。
  
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コメント

コメントありがとうございます。

「若手教師」とひとくくりにするのは無理でしょうね。

すぐに病んでしまいそうな人を,野獣のような子どもたちの前に差し出すのは酷でしょう。

「外部委託」というキーワードに反応している業界に調査してみたらどうでしょう。

ただ,文科省という省庁は予算をとれてこない代表的な場所ですから,そっちの段階で「無理」でしょう。

ある学校で「部分委託」をしてみたら,熱心なのはいいのですが,自分の知り合いのいる地域でばかり練習試合を入れて,交通費がバカにならず,保護者の反対でクビになった,という事例がありますが,いろいろ細かいルールを説明しているうちに,「これじゃやってられない」という話で終わりになるかもしれません。

「774」さんは「若手教師」の方でしょうか?

突然失礼します。
結局、貴方は何が言いたいのでしょうか?

「若手教師よ、ちゃんと部活もやれよ!」ですか?

「部活動の外部委託は難しいから学校の活動のままにしておけ」ですか?

「部活動の部分委託は良くないから、完全委託にするべきだ」ですか?

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より