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小学校における究極の「働き方改革」

 公立小学校は,午後6時までに,次の利用者・従業員のために,場所を空けなければならない,という仕組みにすれば,小学校教員の「長時間労働」は抑制できます。

 午後6時から,塾,予備校,英会話教室,そろばん教室,料理教室,音楽教室,ピアノ教室,絵画教室,ダンス教室,体操教室,地域スポーツなどなどの開始です。

 塾に通う子どもも,一度,帰宅を義務づけます。だらだらと学校に居続けることは禁止です。

 授業料をできるだけ低く設定できるように,また,参入数を多く確保するために,使用料は限りなく安くします。

 子どもがいろいろな教室に通っているうちに,

 「午前中の授業に出る意味はないのではないか?」

 「午後6時からの教室の方が楽しいし,力がつくし,役に立つ」

 と感じ始めることによって,さらに教員の勤務時間は短くすることができ,やがてゼロになる。

 教員は再就職先を探すために,自分も教室で習い事を始める。

 究極の「働き方改革」が完成です。

 我が家の近所にある小学校は,かなりの崩壊度を誇っており,理想のカリキュラムマネジメントが,

 「午後6時からが大事」になりかねない猛威を振るっているようです。

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教育」カテゴリの記事

コメント

公教育への信頼が低下してしまう原因は何でしょう。

今になって,小学校教育の危機が顕在化してきています。かつては荒れた小学校があっても担任を変えたり異動させたりすることで何とかコントロールできてきましたが,異動させても同じくらいの指導力の教員しかいなかったり,さらに他から強烈な指導力不足教員がやってくる可能性もあり,もはや人事の方でも手の打ちようがなくなってきているようです。管理職にいたっては,完全に「足りない」状態です。もはや「使命感」などといった高度な職業意識うんぬんの事態ではありません。民間の事業が成立しない人口レベルの地域は別として,たとえ都市部で小学校を民営化したところで,状況は変わらないか悪化するばかりでしょう。

客が来なくてつぶれかけている会社にとって,「働き方改革」の重要性はどれほどでしょう。

学級崩壊が複数の学年にわたって起こり,事態が収拾できていない小学校に入学する子どもや保護者の気持ちになってみましょう。

「もっと仕事を減らすことを考える時間を増やす」暇があったら,すべきことは他にもたくさんあるでしょう。

貴方の意見は、小学校を民営化してしまえ、という公教育の否定に聞こえるのですが……

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より