なぜ新しい学習指導要領が失敗に終わることがわかっているか
新しい情報は,やはり自分の足で稼がないと,なかなか入手できないものです。
今回の指導要領改訂にかかわった人物が表舞台に出てくるようになったようなのですが,そのおかげで,人物の表に出にくい経歴を知る立場の人が現れ,情報を得ることができました。
私の予想が当たっていたようです。
教育の話題というのは,なかなかニュースとして扱う価値がないようで,すでに公開されている情報の中に,さまざまな矛盾があるのに,だれもそれを追及しようとはしていないようです。
大学の先生などは,それだけ官庁の力を恐れる環境に置かれ始めたということなのかもしれません。
批判できない大学人の存在価値はないような気もしますが,時代は国家総動員体制に移行しているようです。
なぜ新しい学習指導要領が失敗に終わることがわかっているのか。
今までの失敗とは,また質の異なる失敗が起こることが目に見えています。
教育の理念というか理論の骨格に当たる部分を語れる大学の先生がおらず,
教育方法とか教育評価という,本筋とは別の,内容についての専門性がないセンセイの声しか拾えない環境にあることも,失敗に終わることに気づけない原因かもしれません。
成功体験のない人たちなのですが,なぜか失敗感覚というものもない。
「資質・能力」=「学力」という図式の意味をきちんと説明できるセンセイはいるでしょうか?
小学生と高校生が同じような「見方・考え方」に閉じ込められる「教科」に存在意義はあるでしょうか?
「教科」を解体することが,新しい学習指導要領の隠された本当のねらいである,というのなら,よく理解できます。
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