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どうして「本」に書かないと気がすまないのだろう?

 自分の教育理念等を広めるために,「本を書く」ことを選択する人がいますが,

 「本」の宣伝を自分のHPやブログでする余裕があったら,どうして

 HPやブログに内容をそのまま載せないのでしょう?

 新書の半分も文字の分量がないような内容を,わざわざ「本」にする意味はどこにあるのか?

 ・・・それは,本が仕事の「業績」になるからなんですね。

 売りものをつくれば,「お仕事」をしたことになる。

 世間に広める気があるわけではなくて,金を出して買ってくれる人にだけ情報を提供する。

 これを公務員の立場でやっている人もいる。

 本当に人の役に立つ気があるの?と聞いてみたいものです。

 ある小学校の研究会の参加費は5000円です。

 5000円払って,平日に授業や協議会に参加する小学校のセンセイがいるのは奇特なことです。

 小学校内に,複数の出版社がずらっと売りものを並べて待っている風景を見て,何か感じる人はいないのでしょうか。

 「働き方改革」より前に,何かすることがあるのでは・・・?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より