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日本の教育に欠けている「適時的で適正な評価」の発想

 日本の中等教育には,学習の評価を適時的に児童生徒に返す習慣というか制度がありません。

 小学校のときは,ノートや作品に必ずコメントが添えられて返却されましたが,「評価」というよりは「励まし」みたいなもので,「よろしい」だけで終わるときもたくさんありました。担任の先生はそれほど暇ではないし,30人の子ども全員にコメントをつけて返すのは難しいのだろうと子どもながらに思っていました。

 中学校の場合は,教科で担当する生徒数は100人を軽く超えるようになりますから,作品やノートにコメントを記していくことはなかなか困難です。

 かつて,私が「四段階の評価」の重要性を雑誌で発表したときに,北海道の中学校の先生に目をつけていただきましたが,制度は変わらないままで,申し訳なく思っています。日本の教育行政には,適時的で適正な評価を行わせようとする気はないのです。

 今日は,アメリカの学校から帰国していた教え子からいろんなことを学び,考えさせられました。

 論文の準備のために相談にやって来たのですが,質問がとてもシャープで,端的に答えられないもどかしさが募りました。アメリカの教育の成果がとてもよく見えた気がしました。

 今までに受けてきた講座,今受けている講座の成績が一覧で分かるようになっているサイトを見せてもらいましたが,素晴しい仕組みだと思いました。レポートの点数も,すぐに反映される仕組みがあり,宿題等はメールで送られることもあるようです。

 こうした適時的な評価をいつでもどこでも見られるような仕組みは,日本にはありません。

 アメリカでも,中には友達に宿題をやってもらう子もいるようですが,バレたらアウトだそうです。

 成績が悪い場合も学校をやめさせられるという厳しい環境は,日本では考えられません。

 教師1人が担当する児童生徒数が非常に多く,教師がただ情報を垂れ流しておけば仕事が成立する日本と比べて,教え子の学校では,教師が的確な評価を適時的にすべての受け持ち生徒に送れるくらい,余裕があるようです。もちろん,質問にはメールでも答えてもらえるそうですし,教師と生徒のつながりも強いようですね。

 日本の教育の良さは,大量生産だから,「安い」こと。それだけだったら哀しすぎます。

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    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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