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12月22日 「改正」教育基本法・公布の日

 教育勅語を教材として活用することを,私は禁止してはならないと思う。

 天皇陛下のお言葉だが,ご本人がお作りになった文章ではない。

 どういう人間たちが何を目的にして作ったのか,それがどのように運用されたのかを学ぶことには意味がある。

 何とかの一つ覚えの人たちは,「教育勅語を教材にする」=「戦前の教育を復活させる」と短絡的に解釈し,政府の姿勢に反発しようとする。

 どんなものであれ,教育の具体的な内容に対して規制をかけることは絶対に許されない。

 日本国憲法の精神に則って,教育勅語の意味を考える,という学習活動の意義を想像してみてほしい。

 2006年に「真理と平和を希求」から「真理と正義を希求」 へ,「個人の価値をたつとび」から「公共の精神を尊び」へと文言を変えた「改正」教育基本法が公布された。

 なぜ「平和」が消され,「正義」に書き換えられたのか。

 なぜ「個人の価値」が消され,「公共の精神」に書き換えられたのか。

 もともと「他国を尊重し」の「他国」とは「米国」一国のことである,と見切っていた人たちが多い。

 それは,小泉元首相が「米国との関係が良ければ,他の全ての国との関係もよくなる」と言い続けていたかららしい。現在ではそんなことは通用しないことが明らかになってしまっているが。

 「改正」教育基本法は,個人の価値よりも公共の精神を重視していることは明らかだが,日本国憲法の精神とは合致していない。武力を使わない平和はあり得ない。悪は武力によって倒されなければならない,とする同盟国に異議を唱えないことが「正義」なのである。だから,日本国憲法も改正しなければならないのである。

 2006年以降,政権交代から東日本大震災,そして再びの政権交代を経て,教育を政治の道具にする教育改革プログラムが進行中である。

 新しい学習指導要領は,政治の意図を十二分に忖度した行政による強力な指導のもとで作られていった。

 違法な天下りを大量に行い,しかも調査に対して嘘の口裏合わせまでやっていた組織によってつくられたのが新しい学習指導要領である。

 違法行為によって穢れた組織の手による教育の大綱が,教育現場にどのような変化をもたらすのか。

 12月22日を忘れないようにしたい。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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