ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 12月20日 人間の連帯国際デー | トップページ | 12月19日 南南協力 »

12月21日 納めの大師

 「御大師様」の縁日で私が最も楽しみにしていたのは,雑誌の付録を買うことだった。

 私のような子どもにとって,雑誌というのは「付録」を手に入れるために買うようなものであり,その付録だけが安く手に入る仕組みがとてもうれしかった。

 今でも,子ども向けの商品を扱う露天商がまだ頑張ってくれているが,ゲームソフトなどを販売しているのを見てしまうと,興ざめしてしまう。

 アメ横などは,変わらない空気だけを味わいに通う人も多いのではないかと思われるが,

 商売をしている人にとっては,ただの通行人・見物人ばかりになってしまうのは困るだろう。

 「懐かしいまちづくり」で町おこしに成功したところがあるくらいだから,

 「昔と変わらない風景」が売りになる時代はもう少し続くのかもしれない。

 私が寂しい気持ちになるのは,現在,小学生の娘には,私のような感慨を抱く余地がないことに気づくときである。

 熊手市の人出はどうだったのだろう。

 労働ではなく,金で金を増やせる時代がかつてもあった。

 巨大な熊手で富をかき集めている少数の成功者たちは,どんな気持ちで手締めをながめるのだろう。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 12月20日 人間の連帯国際デー | トップページ | 12月19日 南南協力 »

教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 12月21日 納めの大師:

« 12月20日 人間の連帯国際デー | トップページ | 12月19日 南南協力 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より