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12月19日 南南協力

 「南北問題」や「南南問題」という言葉はよく耳にするが,

 「南南協力」という仕組みがあることは知らなかった。

 同じ「北」の国に搾取された歴史がある「南」の国同士の方が,協力関係を取りやすいのか,どうか。

 日本で言えば,江戸時代の飢饉のときに助け合えた村と村の関係にあたるのだろうか。

 あるいは,庄屋さんとお百姓さんたちのような関係にあたるのか。

 江戸時代の農村では,飢饉が起こるたびに,豊かなものはより豊かに,

 貧しいものはより貧しくなる傾向があったという。

 グローバル化が進んだ現代社会と同じ構図である。

 教育の世界では,「南北問題」と言えば国立大附属学校と公立学校のような関係だろうか。

 国立大附属には,お金持ちの子どもばかりが集まる。

 こういう「北」の学校に批判が集まっているが,もし強制的に「北」と「南」をごちゃ混ぜにしたら,どんなことが起こるだろうか。

 「北」の学校には,子どもが寄りつかなくなるだろう。

 そこで儲かるのは私立学校である。

 つぶれてもよいはずの私立学校がつぶれず,国立学校をつぶそうとする動きがある理由は,わかりやすすぎて書く必要もないだろう。

 私立学校の中でも南南協力が行われる時代である。

 「格差」が生まれた経緯をしっかりと分析できる研究者がいてほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より